昨年12月後半から体調がすぐれなくて、ついに30日に発熱が始まりました。
38℃くらいの熱があったので、本日まで運動はせずにひたすら睡眠+水分補給+ビタミンB&C+読書…という生活を送っておりました。
#おかげで「スティーブ・ジョブズ Ⅰ/Ⅱ」とも読破できた。
本日時点で26℃台に熱も下がり、あと一歩(平熱は35.5℃くらい)のところまでやってきました。
ちょっと考えていることなど、つらつらと(ダラダラと?)書いてみたいと思います。
いまの世の中は、自分が小学生のころ、つまり30年くらい前の時代よりも格段に便利になっていると思います。
しかしながら、なんとなく「生きにくさ」を感じてしまうのは何故でしょう?
いまやメールでコミュニケートし、数秒・数分レベルで回答が求められる時代に突入しています。
昭和の時代って、モーレツ社員+高度成長期…ってイメージがあるのですけど、それでもどこか牧歌的というか、いまの世の中みたいにセカセカしていなかったような気がするんです。
色々と発達して(交通などの物理的なものも含めて)便利になっているはずなのに、なんか昔よりも暮らしにくいというか、生きにくい。
そんな風に思っているのはボクだけなんでしょうか?
たとえば手紙の返信が来なくても「きっと来週あたりにはくるかもなぁ」なんてノンビリしている感覚(が許された)だったのが、メールの返信が時間単位で遅れてしまっただけで「なんでメールしたのに返信を送ってこないの!?」とキレる…なんてことはありませんかね?
また、生きにくさ/生きやすさと、幸福度はリンクしているのかどうかも気になっています。
テレビだと、ときどき「幸せの国」ブータンが話題に上りますが、幸福度の世界一はデンマークです。
池上彰さんの話によく出てくるけれど、消費税率25%、平均所得税率46%の高税率な国なのに、幸福度はNo.1。
税率だけ見るとハテナマークが浮かんでくるけれど、デンマークは医療費が無料らしい。
ゆえに老後の生活においても医療費の心配がない。
食糧や住むところは自分でなんとかすれば、あとは国が面倒を見てくれる。
鶏と卵かも知れないけれど、高率で課税するかわりに医療費が無料になっている。
いまのデンマークではそうなっているらしい。
1960年代から徐々に変革していっていまの姿があるので、今すぐ日本でも「医療費を無料に、消費税率25%、平均所得税46%を目指そう!」なんていっても猛反発を食うような気がするよなぁ。
なんで税率が上がると損した気分になるんだろう?
行動経済学によると、「1万円を損したときの心の痛み」を償うには「2万円を得る」くらいでないとマッチしないらしい。
税金としてお上に巻き上げられてしまうにしても、それに見合う対価は「増税した金額の倍の見返り」ということになる。
税金は行政の公共サービスとして還元されるわけだけど、増税したぶん行政サービスも充実しなければ納得することができない…ということか。
そこがうまくバランスできると、デンマークみたいに幸福度がUPするのかも。
しかし若い世代や滅多に病気にならないような人たちにとっては、医療費が無料になってもメリットを感じる機会が少ないはず。
そうなると指示を得にくい。
国民が病弱であればあるほど、医療費無料かつ高税率は指示を得やすくなる?
でも、国民がみな不健康だったら医療費ばかりがかかるようになる(健康体の人が減る)から、税率は更に上げなければならなくなるかも?
いかん、なんかグルグルまわってきた。
なんでこんなことを考えているかというと、この国は生活コストが高いこともあって暮らしにくいと考えているのだけど、であれば皆が生活コストを下げるようになれば暮らしやすくなるのかな?…なんて考えたりもするわけで。
でも、生活コストを引き下げようとすると、それはつまり支出が減ることを意味しているわけで、イコール経済活動が停滞するよなぁ…という心配もある。
経済活動が停滞すれば、いまの状態が延々と続くわけで、それはそれでデフレのままで困るよなぁ。
このままデフレが続くと、給与収入も減っていく→支出をもっと減らさなければならなくなる→デフレが加速→給与水準が途上国並みになるまで続く…というのが最後の絵になるのだろうか?
数日前の朝日新聞に、記者が夏から「電気の契約を5アンペアにして暮らしている」記事が載っていた。
いまでこそ「省エネ」を再考すべきだと思うし、それは目に見える電気ガス水道のエネルギーだけでなく「モノ・サービスの生産に使用されるエネルギー」にも配慮しなければいけないのだと思う。
全員がやり始めたら経済は停滞するけれど、一部の意識の高い人だけが行えば影響はすくないだろう。
省エネはお財布にも優しいし、体を動かす頻度が上がるから不健康にもなりにくくなるんじゃないかな。
そう考えていったら、やはり昔の生活を回顧する必要があるようにも思う。
でも、そういう不便そうな生活を志向するのって、「それで幸せなの?」と聞かれて素直にウンと言えなさそうな気もする。
相変わらず、まとまりのないことを書き殴ってしまったのだけど、まぁ、日々そんなことを考えているわけです。
38℃くらいの熱があったので、本日まで運動はせずにひたすら睡眠+水分補給+ビタミンB&C+読書…という生活を送っておりました。
#おかげで「スティーブ・ジョブズ Ⅰ/Ⅱ」とも読破できた。
本日時点で26℃台に熱も下がり、あと一歩(平熱は35.5℃くらい)のところまでやってきました。
ちょっと考えていることなど、つらつらと(ダラダラと?)書いてみたいと思います。
いまの世の中は、自分が小学生のころ、つまり30年くらい前の時代よりも格段に便利になっていると思います。
しかしながら、なんとなく「生きにくさ」を感じてしまうのは何故でしょう?
いまやメールでコミュニケートし、数秒・数分レベルで回答が求められる時代に突入しています。
昭和の時代って、モーレツ社員+高度成長期…ってイメージがあるのですけど、それでもどこか牧歌的というか、いまの世の中みたいにセカセカしていなかったような気がするんです。
色々と発達して(交通などの物理的なものも含めて)便利になっているはずなのに、なんか昔よりも暮らしにくいというか、生きにくい。
そんな風に思っているのはボクだけなんでしょうか?
たとえば手紙の返信が来なくても「きっと来週あたりにはくるかもなぁ」なんてノンビリしている感覚(が許された)だったのが、メールの返信が時間単位で遅れてしまっただけで「なんでメールしたのに返信を送ってこないの!?」とキレる…なんてことはありませんかね?
また、生きにくさ/生きやすさと、幸福度はリンクしているのかどうかも気になっています。
テレビだと、ときどき「幸せの国」ブータンが話題に上りますが、幸福度の世界一はデンマークです。
池上彰さんの話によく出てくるけれど、消費税率25%、平均所得税率46%の高税率な国なのに、幸福度はNo.1。
税率だけ見るとハテナマークが浮かんでくるけれど、デンマークは医療費が無料らしい。
ゆえに老後の生活においても医療費の心配がない。
食糧や住むところは自分でなんとかすれば、あとは国が面倒を見てくれる。
鶏と卵かも知れないけれど、高率で課税するかわりに医療費が無料になっている。
いまのデンマークではそうなっているらしい。
1960年代から徐々に変革していっていまの姿があるので、今すぐ日本でも「医療費を無料に、消費税率25%、平均所得税46%を目指そう!」なんていっても猛反発を食うような気がするよなぁ。
なんで税率が上がると損した気分になるんだろう?
行動経済学によると、「1万円を損したときの心の痛み」を償うには「2万円を得る」くらいでないとマッチしないらしい。
税金としてお上に巻き上げられてしまうにしても、それに見合う対価は「増税した金額の倍の見返り」ということになる。
税金は行政の公共サービスとして還元されるわけだけど、増税したぶん行政サービスも充実しなければ納得することができない…ということか。
そこがうまくバランスできると、デンマークみたいに幸福度がUPするのかも。
しかし若い世代や滅多に病気にならないような人たちにとっては、医療費が無料になってもメリットを感じる機会が少ないはず。
そうなると指示を得にくい。
国民が病弱であればあるほど、医療費無料かつ高税率は指示を得やすくなる?
でも、国民がみな不健康だったら医療費ばかりがかかるようになる(健康体の人が減る)から、税率は更に上げなければならなくなるかも?
いかん、なんかグルグルまわってきた。
なんでこんなことを考えているかというと、この国は生活コストが高いこともあって暮らしにくいと考えているのだけど、であれば皆が生活コストを下げるようになれば暮らしやすくなるのかな?…なんて考えたりもするわけで。
でも、生活コストを引き下げようとすると、それはつまり支出が減ることを意味しているわけで、イコール経済活動が停滞するよなぁ…という心配もある。
経済活動が停滞すれば、いまの状態が延々と続くわけで、それはそれでデフレのままで困るよなぁ。
このままデフレが続くと、給与収入も減っていく→支出をもっと減らさなければならなくなる→デフレが加速→給与水準が途上国並みになるまで続く…というのが最後の絵になるのだろうか?
数日前の朝日新聞に、記者が夏から「電気の契約を5アンペアにして暮らしている」記事が載っていた。
いまでこそ「省エネ」を再考すべきだと思うし、それは目に見える電気ガス水道のエネルギーだけでなく「モノ・サービスの生産に使用されるエネルギー」にも配慮しなければいけないのだと思う。
全員がやり始めたら経済は停滞するけれど、一部の意識の高い人だけが行えば影響はすくないだろう。
省エネはお財布にも優しいし、体を動かす頻度が上がるから不健康にもなりにくくなるんじゃないかな。
そう考えていったら、やはり昔の生活を回顧する必要があるようにも思う。
でも、そういう不便そうな生活を志向するのって、「それで幸せなの?」と聞かれて素直にウンと言えなさそうな気もする。
相変わらず、まとまりのないことを書き殴ってしまったのだけど、まぁ、日々そんなことを考えているわけです。