9月に始まったニューヨークの反格差デモって、まだ続いているんですね。

たしかNYは緯度が高いので、けっこう寒いんじゃないか?

それでもデモを続ける心意気…。



彼らは「反格差」を訴えています。

1%の人たちが富み、99%の人たちが貧しい生活をしているのはおかしいぞ!と。

ちょっと考えてみた。

彼らは格差をなくせと訴えているけれど、格差を解消した状態というのは

  1) みんなの生活水準が向上する

もしくは

  2) 金持ちの生活水準が大多数の人並みに下がる

のどちらか(もしくは両方)があるわけで、1)が実現すればデモやってる人たちは喜ぶだろうけど、2)で格差が無くなったとしてもデモ参加者には何のメリットもないわけで、

  それでもイーのか?

という疑問が生じてくる。

いいわけはないだろう。

つまり。デモ参加者の主張としては「格差をなくせ」というよりは「俺たちの生活水準を上げてくれ」、平たく言うと「カネをくれ!」ということなのではないだろうか?



アメリカは人種や性別、年齢で就労を制限してはいけないことになっている。

それは差別だ…ってことで。

社会全体に存在する業務量というか就労人口のパイは限られているわけで、そりゃあ、あぶれてしまう人も出てくるのではないだろうか?

それでも(社会主義ではないけれど)みんなで就労して…って話になったら、「じゃあ全員を雇うから、賃金を下げるしかないね」ってなってしまうような気がする。

ここで最初に戻るのだけど、そうやってみんなが仕事について、でも賃金は下がってしまったとして、生活水準は上がるよりもむしろ下がると思うのだけど、それで納得するのだろうか?

なーんか、ロジックがおかしいような気がする。

みんな(というよりオレ)を雇ってほしいし、更に賃金も上げてくれ(さっきの「カネをくれ!」だ)、そのために必要なのは「金持ちは許せねぇ!」ではなく「景気がよくなってくれないと困るよ」だろう。



要は経済が活性化して全ての人の富が増えるような世界になれば、みんなハッピーなのではないか?

そうなれば、格差なんてあっても気にならないと思うのだけど。