最初に断っておくけれど、僕は徳光さんのコトが嫌いなわけではなく、むしろ好ましい存在だと思っているのだ。

なので本エントリは徳光さんに触れてはいるけれど、彼に対する特別な意味というものはない。

なにせ、徳光さんは犠牲者なのだから…。



Facebookの方に、

  我々素人がまともな練習もせずに
  マラソンをやったら「無謀」なのに、
  芸能人だと「感動」と受け止められる
  理由が理解できない。

ということを書き込んだ。

これに対して友人からは色々な意見が寄せられたのだけど、この「無謀」と「感動」について、ちょっと考えてみた。



もし、徳光さんが1年くらい前にオファーを受けて、しっかりトレーニングを積んで24時間マラソンに臨んでいたら、どうなったのだろう?

きっと、よたよた歩くこともなく、時間を余らせてゴールしたのではないだろうか?

坂本さんをトレーナーにつけて、実際に走る際には大勢のサポートスタッフに囲まれて、沿道からは自分だけに応援を浴びて走るなんて環境は芸能人だからこそ。

そんな恵まれた環境は市民ランナーにはありえない。

トレーニングメニューだって、ちゃんと組まれているだろうし、もちろん食生活だって指導やアドバイスがあるだろう。

そんな至れり尽くせりの条件下でトレーニング…うらやましい限りです。



ん?ちょっと待てよ、もし徳光さんがトレーニングを十分に積んだ上で走り、

  「63kmあったけど、まぁ余裕だね

なんて言ってゴールしていたら、観ている人たちは感動するだろうか?

それとか、苦しみながらでも、15時間くらいで63kmを走りきって(実際には4km/hくらいなので、歩きですが)しまったら、9時間も余ってしまうわけで、それはそれで観ている方は「え、もうゴールしちゃったの?」てな感じで感動しないのではないだろうか?

そう考えていくと、徳光さんには申し訳ないのだけれど

  ちゃんとトレーニングして
  臨んではいけない

のだ。更に言えば、

  24時間TVの終わりギリギリに
  ゴールできるかできないかの
  タイミングを見計らってゴール
  することが「感動」のために重要

なわけだ。

ついでに書いておくと、芸能人の中でもフルマラソンを2時間38分で走りきってしまうような猫ひろしが24時間マラソンをやっても感動を与えられないわけで、

  70歳の徳光さんだからこそ

感動した…ということだろう。

要点をまとめると、

・芸能人であり
 →見ている人に親近感がわく

・比較的運動が苦手で
 →高齢とか女性が有利

・「いちおう」トレーニングして
 →番組内で流すため

・番組時間ギリギリにゴール
 →しなくてもいい

というポイントを抑えている演出だからこそ、感動に結びつくわけですな。

そう、つまりは「演出」のために人選があり、番組のコンテンツのためにトレーニング風景を撮影し、観ている人にハラハラと緊張感を持たせるためにギリギリにゴール。

こう書いてしまうと身も蓋もないけれど、TV番組である以上は

  視聴率とってナンボ

なので、演出するのは致し方ないところです。

なので、次回以降も上記のポイントを抑えた演出で24時間チャリティマラソンは開催されることでしょう。



うがった見方をするのもどうかと思うけれど、素直にTVを観て感動ばかりしていると詐欺に引っかかるよ、きっと。