最初にいっておくと、私は反原発でも原発擁護派でもありません。
…っていうか、まだ自分の中で明確なスタンスがとれないでいるんですね。
東日本大震災の影響で福島にある原発が被害を受けて放射能汚染を巻き起こしているのは事実だけど、もしも原発が被害を被らなかったら、常日頃から反原発/脱原発を唱えている人たち以外の一般市民はここまで反原発を唱えないのではないだろうか?
つーか、原発のリスクを知らない無知ゆえに、原発に対して考えることすらしてこなかったというのが正直なところだと思う。
単純に「原発やめて代替エネルギーにしよう」と唱えている人たちは脳天気でいいなぁ…と思うんですけど、要するに原発で発電しているってのは
安く大量の電力を作り出せる
のが最大のメリットなわけで、それをヤメようというのは
家庭の電気代の値上げだけでなく
電力を使って生産されている全ての
製品の価格上昇を受け入れる
ということにコミットすることになると思うんです。
電気代だけ値上げして「それならなんとか暮らしていける」じゃないんですよね。
鉄鋼に関しては製鉄所が独自の発電所を持っているからよいとして、東京電力などから電力を買って事業を営んでいる場合は、モロに光熱費アップ。
サービス業、例えばウェブのサービスを提供している会社もサーバーの消費する電気代が上がれば困るでしょう。
それら全体として
(給料は増えないけど)
生活コストが高騰しても
暮らしていく
という覚悟が必要なのではないかと。
また、原発についても廃止/継続のようなイチゼロの判断ではなくて、中間解のようなものはないのだろうか?
たとえば小型の原子力発電所を作るとか。
コストを追求して規模の大きい原発を作るから万が一のときに被害も大きいわけで、小型の原発をアチコチに作ってみたらどうだろう?
特に地震の少ない関西方面とか。
現状の原発コストよりは上がると思うけど、火力よりは安く発電できる…というセンがあるんじゃないだろうか?
リスク分散を考えたら、小型の原発…という案もあると思うんだけど。
卵は一つの籠に盛るな…って言うじゃないですか。
ところで、原発を火力発電に置き換える試算で、現在同等の発電量をまかなうためには建設費(燃料などの運転コスト含まず)だけで11兆円弱かかるらしい。
税収が44兆円のご時世に…。
まぁ、単年度ではないけれど、そういう莫大な金額がかかるみたい。
いろいろ考えていくと、単純に「反原発!脱原発!」とは言えないんですよ。
おカネのある人たちは家庭用太陽光発電とか導入するのかも知れないけれど、国民全体が対応できるものでないと意味がないわけで。
一つの案として、火力発電による電力と原発による電力に価格差を付けてみたらどうだろう?
反原発な人たちは高コストだけど火力発電の電力を買い(ゆえに同じ契約電力でも数倍の価格)、そうでない人たちは(自分の街に原発がないこともあり)安い原発による電力を買う…みたいな。
「環境意識の高いヒト」ってプライドを満足させるためには高価な火力発電による電力を買い、玄関先あたりに「我が家は火力発電による電力を使用しております(どーだ!)」みたいなステッカーを貼っちゃうとか。
ま、そんなのは余計な妄想だとして。
結局のところ、国全体が経済の縮小を厭わずにつつましやかな生活を送るようにシフトすればいいんですけど、これはつまり「頑張ればかならず生活はよくなる」という当たり前の欲求を放棄することを必要とするわけで、そこがメンタルとして難しいような気がする。
反原発/脱原発を唱える人たちも、今は原発によって安く提供されている電力を享受しているわけで、「オレは反原発だから、いまの原子力で生み出された電力なんて使えねぇよ!」という骨のあるヒトが出てこないのもナゾだ。
ま、電気は使わなきゃ暮らしていけないし、電気は電力会社が送電してくるわけで、反原発なヒトもなんだかんだいいつつも原発のお世話にならなければ暮らしていけないのが現状なわけで。
…なんてことを色々考えると、定食屋で焼肉定食を注文するように簡単に「あ、オレ、原発に反対だからね」みたいなことは言えないのである。
…っていうか、まだ自分の中で明確なスタンスがとれないでいるんですね。
東日本大震災の影響で福島にある原発が被害を受けて放射能汚染を巻き起こしているのは事実だけど、もしも原発が被害を被らなかったら、常日頃から反原発/脱原発を唱えている人たち以外の一般市民はここまで反原発を唱えないのではないだろうか?
つーか、原発のリスクを知らない無知ゆえに、原発に対して考えることすらしてこなかったというのが正直なところだと思う。
単純に「原発やめて代替エネルギーにしよう」と唱えている人たちは脳天気でいいなぁ…と思うんですけど、要するに原発で発電しているってのは
安く大量の電力を作り出せる
のが最大のメリットなわけで、それをヤメようというのは
家庭の電気代の値上げだけでなく
電力を使って生産されている全ての
製品の価格上昇を受け入れる
ということにコミットすることになると思うんです。
電気代だけ値上げして「それならなんとか暮らしていける」じゃないんですよね。
鉄鋼に関しては製鉄所が独自の発電所を持っているからよいとして、東京電力などから電力を買って事業を営んでいる場合は、モロに光熱費アップ。
サービス業、例えばウェブのサービスを提供している会社もサーバーの消費する電気代が上がれば困るでしょう。
それら全体として
(給料は増えないけど)
生活コストが高騰しても
暮らしていく
という覚悟が必要なのではないかと。
また、原発についても廃止/継続のようなイチゼロの判断ではなくて、中間解のようなものはないのだろうか?
たとえば小型の原子力発電所を作るとか。
コストを追求して規模の大きい原発を作るから万が一のときに被害も大きいわけで、小型の原発をアチコチに作ってみたらどうだろう?
特に地震の少ない関西方面とか。
現状の原発コストよりは上がると思うけど、火力よりは安く発電できる…というセンがあるんじゃないだろうか?
リスク分散を考えたら、小型の原発…という案もあると思うんだけど。
卵は一つの籠に盛るな…って言うじゃないですか。
ところで、原発を火力発電に置き換える試算で、現在同等の発電量をまかなうためには建設費(燃料などの運転コスト含まず)だけで11兆円弱かかるらしい。
税収が44兆円のご時世に…。
まぁ、単年度ではないけれど、そういう莫大な金額がかかるみたい。
いろいろ考えていくと、単純に「反原発!脱原発!」とは言えないんですよ。
おカネのある人たちは家庭用太陽光発電とか導入するのかも知れないけれど、国民全体が対応できるものでないと意味がないわけで。
一つの案として、火力発電による電力と原発による電力に価格差を付けてみたらどうだろう?
反原発な人たちは高コストだけど火力発電の電力を買い(ゆえに同じ契約電力でも数倍の価格)、そうでない人たちは(自分の街に原発がないこともあり)安い原発による電力を買う…みたいな。
「環境意識の高いヒト」ってプライドを満足させるためには高価な火力発電による電力を買い、玄関先あたりに「我が家は火力発電による電力を使用しております(どーだ!)」みたいなステッカーを貼っちゃうとか。
ま、そんなのは余計な妄想だとして。
結局のところ、国全体が経済の縮小を厭わずにつつましやかな生活を送るようにシフトすればいいんですけど、これはつまり「頑張ればかならず生活はよくなる」という当たり前の欲求を放棄することを必要とするわけで、そこがメンタルとして難しいような気がする。
反原発/脱原発を唱える人たちも、今は原発によって安く提供されている電力を享受しているわけで、「オレは反原発だから、いまの原子力で生み出された電力なんて使えねぇよ!」という骨のあるヒトが出てこないのもナゾだ。
ま、電気は使わなきゃ暮らしていけないし、電気は電力会社が送電してくるわけで、反原発なヒトもなんだかんだいいつつも原発のお世話にならなければ暮らしていけないのが現状なわけで。
…なんてことを色々考えると、定食屋で焼肉定食を注文するように簡単に「あ、オレ、原発に反対だからね」みたいなことは言えないのである。