今朝、久しぶりに先頭車両に乗った。すっげー混んでいた。
普段は2両目に乗っているんだけど、2両目あたりは「すげー混んでる!」というほどの混み具合ではない。
しかし1両目は、本を読むこともできないくらいに押しくらまんじゅう状態なのだ。
これは終着駅の改札口が先頭車両方向にあることが原因だと思う。
みんな電車を下りると競って改札口へと殺到するのだ。
ダッシュしているサラリーマンを見ると、つい「走る努力よりも、1本前の電車に乗る努力をすればいいのに」…と思ってしまう。
それはさておき、ほんの1コだけ電車に乗るドアを変えるだけで、混み具合は段違いなのだ。
ちょっとした違い(乗り込むドア)が、大きな違い(混み具合&快適さ)を生み出している。
面白いと思うのは、恐らく先頭車両に乗っている人たちは、常日頃から先頭車両に乗っているんだろう…ということ。
なので、2両目に乗れば押しくらまんじゅうで疲弊することがない…ということを知らないまま、毎日を過ごしているのだろう。
それはとってももったいないような気がする。
たとえばその電車に乗っている30分で毎日読書をしていたら、月に20日で10時間分の読書ができるわけで。
なので、「いつもこうするから」という気持ちをググッと曲げて、たまには少し違う行動をとると案外大きな違いとして跳ね返ってくるかもよ…というお話でした。
普段は2両目に乗っているんだけど、2両目あたりは「すげー混んでる!」というほどの混み具合ではない。
しかし1両目は、本を読むこともできないくらいに押しくらまんじゅう状態なのだ。
これは終着駅の改札口が先頭車両方向にあることが原因だと思う。
みんな電車を下りると競って改札口へと殺到するのだ。
ダッシュしているサラリーマンを見ると、つい「走る努力よりも、1本前の電車に乗る努力をすればいいのに」…と思ってしまう。
それはさておき、ほんの1コだけ電車に乗るドアを変えるだけで、混み具合は段違いなのだ。
ちょっとした違い(乗り込むドア)が、大きな違い(混み具合&快適さ)を生み出している。
面白いと思うのは、恐らく先頭車両に乗っている人たちは、常日頃から先頭車両に乗っているんだろう…ということ。
なので、2両目に乗れば押しくらまんじゅうで疲弊することがない…ということを知らないまま、毎日を過ごしているのだろう。
それはとってももったいないような気がする。
たとえばその電車に乗っている30分で毎日読書をしていたら、月に20日で10時間分の読書ができるわけで。
なので、「いつもこうするから」という気持ちをググッと曲げて、たまには少し違う行動をとると案外大きな違いとして跳ね返ってくるかもよ…というお話でした。