私の卒業した小学校は面白い学校だったと思う
小学校低学年頃は「石炭係」といってストーブの石炭をもらってくる係があった
ストーブを片付け頃ストーブの煙突の中から
雀や蝙蝠の○体が見つかる
高学年になって、教科増えると専門の先生に教わる
図工・家庭科
家庭科では最初はお湯を沸かしてお茶を入れる
次の時はご飯と味噌汁作り
お味噌は前の学年が作った物を使うので
次回は味噌作り
と男子も一緒である
図工は先生と仲良しだったが先生の結婚で先生が変わるまで、丁寧に教えてくれた
人体人形を使って関節や体つきを説明して
自画像を描いた
図工は電動板鋸でテープカッターの部品を自分たちで切り出す
切った物に彫刻刀で模様をつけ色を塗って組み立てる
高学年の担任がベテランの先生で
学校裏の釜で「はにわ」を作って焼いたり
椎茸の菌を先生が用意した木材に植え付けをしたり
体育館裏で野菜を作ったり
登り棒や逆上がり・幅跳びは出来るまでやらされた
今は使っている逆上がり用の板なんてない
私は子供の頃は「ヤンチャ」で
近所の男の子達と遊んでいたから
登り棒も男子と競争したりした
1本の登り棒も2本で手だけで上がる登り棒も得意だった
今みたいに「絶対成績」ではなくて
3は50%2.4は30%1.5は20%という成績を先生方がつける
「絶対成績」になってからの子供達は
「諦める」ようになったと思う
挽回がないから
ゆとり・さとり世代は特にそう思う
私達は土曜日も午前授業だった
日本が数学が一番だった頃の話
いろいろとあったけど
面白い小学校に通っていたと「今」は思ってます