今から50年以上前
東北の山奥で真夜中に赤ん坊が
産まれようとしていた
産院に行くには車もなく、娘の父親が
自転車で産婆を雪道の中迎えに向かった
「痛い」
「畳の目が見えるか?」
「見える」
「なら、痛いと言うな」
娘は母から言われ歯を食いしばった
産婆はまだ来ていない
娘の陣痛は強くなり赤ん坊が産まれた
「産婆が来るまで、そのままにしておけ」
30分後産婆が到着して
赤ん坊と娘の世話をした
綺麗なった赤ん坊を見て
「この娘は綺麗な子だ。頭が悪くても嫁に行ける。」
半分望まれ半分望まれない赤ん坊は
望まれない方の女の子だった
勿論父親はこの場にはいない
東京で仕事をしていた
男の子の名前だけしか夫婦は考えていなかったので、父方の親戚が神社が貰って来てくれた
それでもその赤ん坊ために祖父は雪道を不自由な手で自転車を漕いでくれた
祖母は痛がる娘を見るのが辛かったのだろう、厳しい言葉を言うしか無かった
母は激痛を耐え私を産んでくれた
望みに応えられなくてごめんなさい
私は女に生まれて「母」になって幸せです
これは私の願い「家にいるお母さん」
私の願いは叶いましたが、子供達からは
どう思われているかわかりませんが
幸せな子育てをしました
今は1人の生活に戸惑いながらも
春を待とうと思っています
