もともと痛みに強くて、普通なら救急車
案件を子供背負って、実家においてから
病院で順番待ちして、診察受けると
先生が「救急車で来たんだよね」って
高熱が出ても平気で遊んでたり
周りが思うより、心が繊細で
その分体への痛みを感じ難いのだろう
肩こりもしたことがない
そんな私でも手の痺れや痛みを感じる
この間の診察でも「我慢強い」と言われたし、薬局では「これ、こんなに飲んでて、なんともないですか?」と言われて
「なんともないですよ。普通に暮らしてますよ。」
と答えたら驚かれた
もう心療内科も30年近く通っている
一つの病名じゃないから
それでも一日一家事出来ればいい
自分が作りたい物を作れるうちに
作ろう
やりたいことをして食べたい物を食べて
幸せな人生である
ケリーさんも上手く一番気持ちいい場所で寝ている
今年二十歳なる愛娘
私と一番長く暮らしているのはケリー
ケリーと暮らしが私の心を支えている
長男以外は年に一度も顔を見せない
「仕事が忙しいから」 それが理由
私の病気を理解したくないとも言われている
彼らにとって彼らと暮らしていた私しか認めたくないのだろう
そんなに強い人じゃないんだけど
それを上手く出せない人なんだけど
従兄弟と話すと「誰にジュンコちゃんは本音を言えるの?」と聞かれ
「いないね」と返したら
「そんなの…」と絶句していた
確かに子育ては楽しかったけど
夜中高熱が出れば救急を受け付ける病院に行き、寝ずの看病をしていたけど
私、その時反応性鬱病ですから
それでも家事をしたり、勉強を見たり
町内会、子供会、PTAをやっていた
子供は当たり前にそれを受け取っているけど、あなたなら出来ると問いたい
今の時代、子育ては以上なほど過干渉にうるさいと私は思っている
その子(個)で違うし、親の在り方も違うのに、電車やバスや病院で赤ちゃんが泣くことすら文句を言っているから
少子化になるの
運動会、夏祭り・花火大会とか子供だから楽しいことたくさんあるのに
運動会でヒーローになれる子もいる
勉強、図画工作、音楽、が得意な子もいる
みんな同じじゃないとって?
それこと多様性はここ
子供達それぞれが違いあっていい
お互いに違うけど認め合うことが大切
何も得意じゃなくても
おしゃべりが上手、気がきく、優しい、悪口を言わない
それも尊いこと
それすら無くていい
それが個性だから
明るい未来は子供の笑い声