試合当日
フレッシュマンクラスの第一試合

対戦相手はプロのワンマッチ経験者
身長は10センチ、体重も当日で4,5キロほど向こうのほうが大きかった


やるだけのことはやった
自分には失うものはないし、当たって砕けてこよう


そんな気持ちが自分に平常心を与えてくれていた



ワダさん以下4人のお弟子さん達も一緒に会場入り


弟子さんたちもとてもてきぱき動く
ワダさんも穏やかな口ぶりで的確に指示出して準備してくれる



もし負けてしまったら。。。


目の前の光景を見て、気持ちが揺るぎ始めてきた


ワダさんの、みんなの気持ちを全部無駄にしてしまう。。。

急に武者震いが止まらなくなった



「。。!純さん??」
ワダさんがその異変に気づく

「。。震えが収まらなくなった。。ワダさん!」
「。。。!!?」
「俺、感謝してます。。俺なんかの為に色々。。ありがとうございます!!」
「純さん。。。」


主催者から届けられたグローブを俺の手にはめ、その紐を縛り始めた


「。。。私はね、あなたが好きになったんですよ。。」
「。。んん??」
「。。薄汚れた殺伐としたジムの中で、あんな笑顔で話しかけてくれたあなたのことがね^^」
「。。。。」
「大丈夫ですよ、自分を信じてください!!」
「。。はい!!」




ワダさんとの練習の日々


それは失うのが怖いものなんかじゃなくて、

努力した自分が強くあるために手に入れた揺ぎ無いものだったんだ



勝っても負けても俺もワダさんも変わらない



武者震いは収まった




客入りがバタバタと始まり、入場のスタンバイでゲートの袖に移動する


タオルを首に巻いたワダさん

「漫画に出てくるセコンドみたいでしょ?一回やってみたかったんです^^」
「あはは。。それ絶対投げないでくださいよ~」


最後の最後に緊張をほぐしてくれる



物々しく入場テーマが響く
選んだ曲はビリー・アイドルの「反逆のアイドル」

「 Rebel Yell/Billy Idol 」




曲が鳴ってもすぐに歩き出さなかった自分を、
ワダさんが振り返った


「!!。。。純さん??」


大きく息を吸い込んで、声を発した

「。。うぉおおお!!!」


そして
黒装束の忍者を引き連れて、入場花道に出た



その長いんだか短いんだか、説明がしにくいなんとも言えない一本の道



それは


自分自身の為に最大限の努力をした、選ばれし者だけに歩むことができる



バージンロードだった



練習仲間として知り合った壮年の男性

不思議な雰囲気をかもし出すワダさん(仮名)が、
試合当日のセコンドと練習パートナーを買って出てきた


「純さんはココで始めて友達になってくれた方です!協力します!!」



まったく未知数な存在だったけれど、
藁にも縋りたい心境だった自分にはありがたくて仕方なかった


「助かります、ありがとうワダさん!!」



お互いのスケジュ-ルを確認し合って
練習と打ち合わせの日程を決める


するとワダさんからも提案が

何度かジムとは別の練習場を用意したい
別な知り合いも数名連れて行くが構わないか?



???

意図が把握できないが今の自分にデメリットでもないし
と、承諾した



そして出向いたワダさんの準備した場所


そこで、ついにその正体を知った!!

黒い胴衣に身を包んだ、数名の若者を従えたその人は、
改めて名乗りをあげる

「申し送れました!戸隠流忍法体術当代師範・ワダです!!」

でえええええん!(笑)

ワダさんは現代に生きる忍者だった



「いや、えェ?? に。。にんじゃ?!!」


そんな武道のエキスパートに向かって、
俺はえらそうに
「もっと脚を放り投げるように回したほうがいいですよ~」
とか吹かしていたのか!!



あぁ~~
穴があったら入りたい~。。。



「びっくりさせようと思ってたんですよ(笑)」

よく見ると後ろの弟子の人たちもちょっと笑ってる
なかなかいいキャラでもあるみたいだ




かくして
最強の助っ人を得て、最後の調整を行うことになった


「純さん得意な技ってあります?」
「。。。得意、っていうか好きなのはアームロックです!」
「また地味な技ですね^^」
「体格的なハンデがあるでしょう?咄嗟に出るのは立ち関節が多いんです」
「なるほど~。。。」



それならば

と、様々な姿勢から腕を決められる組み手を伝授された
目から鱗が出るような忍法の極意

練習が楽しくってもう試合へのプレッシャーなんてなかった



ショートレンジのアッパー
ボディフック
各種カウンターでの攻撃


キックはフェイント程度
使っても一発


シミュレーションを幾つかこなして
最後はスタミナの不安をクリアするため、と
連続で数名を相手にする組み手のようなものを実践した



さすがにバテ気味になってきた時、
「最後は私が!」
とワダさんが相対してきた


気負いこんで向かっていくと、

。。。スッ


っと間合いをはずす

そのタイミングが絶妙だった


こちらもそれ以上踏み込まず、間合いをキープすると
不思議と呼吸も整ってきた


「これを実戦で活かしてくださいね」



ワダさんが最後にくれたヒントだった




練習もお開き
ワダさんがみんなでファミレスに行こうと言う

ランチセットをほおばる自分にワダさんが
「純さんは本当にシュートボクシングが好きなんですねえ~」
と笑いかけてきた


物々しい忍者とは程遠い、優しい眼がそこにある



ほんとにすごい人はそれを振りかざさないんだな。。。



こんな人間になりたい


そう思える人に出逢えた

試合だあ~~!!!


と、

舞い上がるようなことはなかったけれど

特に萎縮もしなかった


自分は純然たる競技者でありたかっただけ


プロとして生活ができるようになりたいという思いもなかったし、

勝ち負けにもこだわっていなかった



対戦する相手がどんな選手に決まるだろうとか

意識することもなく、

普段通りの自分の練習を反復していった



だけど、


徐々にその日が近づいていくにつれて

純然たる~などと言ってられない状態になってゆく。。。



その試合とは立派にプロの興行

試合会場は「格闘技の聖地」と呼ばれるような有名な場所



今まで出場していた

アマチュアの団体戦みたいなノリとは、雰囲気も当然ながら全然違う




のんびり屋の自分もさすがに青ざめた



なにやら段取りやら手間も色々多く、

練習やってる場合じゃない



ジムの掲示板に

「次回興行出場選手決定!!」

とか大々的に名前が張り出される


そのポスターをみて自分の対戦相手を知るダイナミックぶりを発揮する始末^^;



軽量と調印式の日も来た

一回り体格の大きい相手

計量パスしたら当日はハンデ出てくるのは明らかだった




打開策を練る暇なんてなかった



セコンド頼みたかった人は

他の選手についたり、当日に都合つかない人だったり

なかなか引き受けてくれる人がいない




とりあえず練習しかない



ジムに行くと、いつかの壮年の男性と久々に顔を合わせた


「試合決まったんですね!頑張ってください!!」

「。。。あ。。はい、ありがとうございます!」



以前とちょっと雰囲気が違って

やや饒舌に話しかけられた


よかったら見に来てください


と、

チケットの手配のこともあって携帯番号の交換もした



その時


まだまだ雑事も多くて。。。セコンドも当てがないんですよね~


なんてこぼしてしまった気がする




練習を終え、着替えてジムを出た別れ際


その男性はちょっと考えたような、真面目な表情を変えなかった





そしてその日のうちに電話が来た




「セコンドやります!。。。私に任せてください!」














シュートボクシング



キックボクシングに、投げ技と立ってる状態での関節技も認められる格闘競技


空手と柔道が一緒になったもの?

プロレスもどき??


説明するとややこしいし、解釈も曖昧

まあはっきり言ってマイナーな部類のスポーツである



20代半ばの頃、

この競技に卒倒していた時期があった


仕事の合間に自宅でトレーニング

週末にジムでの合同練習に参加



そんな毎日の中に自己同一性を見出してた




健康目的のフィットネスクラスから競技者としてのアスリートクラスに移り、

体格的なハンデを感じながらも、本格的にプロを目指す選手に混ざっての稽古を重ねた



ある時、

平日の昼間に自主練習できる時間を見つけ、ジムに顔を出した



鏡のある場所を見つけてシャドウの練習をしていたら、

あまり見かけたことの無い、壮年の男性が独りでサンドバックを蹴っていた


ちょっとやり辛そうに見えたので、

「よかったらサンドバック抑えていましょうか?」

と、声を掛けた



「。。。いや。。練習中申し訳ない。。。」

「いいんですよ♪協力し合うのが練習だから」



男性も承諾して練習を再開

ゆっくり力の無い蹴りでも綺麗でしなやかなフォーム



初心者じゃないのはすぐに見抜けた




いつからきてるんですか


いつもひとりでこの時間でやってるんですか




色々聞いてみたけれど、ちょっと照れた感じであまり話したがらない




次に顔あわせることがあったらまた挨拶しよう




そう考えて

それ以上入り込まないようにした





しばらくしてジム内の昇級審査もクリアして、

ライセンスを取得した



自分の体格はあまり競技者のいない軽量のクラス




「試合出てみないか?」




そんな声が俺に掛けられた