キャスター付きの椅子に腰掛けたドクターが、
座ったままその椅子を滑らせて近づいてきた


顔を両手で包み込んで目を覗き込む

「。。眼球を動かしてみてください。。左を見て!」
「見てるつもりだけど。。。動いてます?」
「。。。動いてはいます。。。」


オッドアイ
いわゆる左右の目の色が違う状態になっているらしい
視力が極限に低下

テレビの画面がショートしたみたいに真っ白にしか映らない



同じ病院の眼科に回されることになった


専門的なことを何をどう言われても、自分の努力じゃどうしようもない
ただ言われるがままの治療を受けるしかない
だからといっても元の状態に回復できる保証もない


治療も生活も全て一人でこなすしかない

それが現実だった





その現実は重くドッと圧し掛かることになる


歩くだけで人に物にぶつかりまくり
何をやるにも今までよりワンテンポ遅れる
乗り物の運転は自転車さえも困難になった




このまま一生片目なのかなあ


どうでもいいけど。。


早く身体動かしてえなあ

シュートボクシングやりたいな。。。



そんなことばかり考えて
毎日を過ごしてた



27歳の夏


それ以来、俺は隻眼になった
治療をした左目の状態も見てもらった

「縫合の経過は順調です もうすぐ抜糸もできます ただ。。」

ドクターは真顔になった


「問題は視力ですね 果たして回復できてるか。。。」

眼球に受けたダメージは意外と大きかったらしい

「。。シュートボクシング  またできますよね?」
咄嗟に質問を返したけれど、そんなこと医者に言っても答えに困るのは明らかだった


「日常生活にもどれだけの支障が出るか。。。慎重に治療をしましょう」



左目は再び包帯で覆われて安静状態に


身の回りのことはほぼ自身でこなせるようになり、退院して日常生活に復帰することができた



ワダさんにもジムにもその報告をする
「よかった まだまだお大事に」
「仕事のほうも無理しないでな もちろん練習は禁止!!(笑)」


使い勝手を覚えたばかりのメールのやりとりが届く




あまり悲観はしてなかった
自分がシュートボクシングができなくなるなんてありえない、と


ただただ、練習したくてもできないもどかしい日々
また身体を動かせるようになったらあんな練習、こんな訓練をするんだ、と
頭の中でイメージを思い浮かべた



そして抜糸の為に病院を訪れた


左目の包帯がドクターによって解かれた


「。。ゆっくり目を開けてください」

「。。。??。。。!!」


「??見えますか。。?」



「。。。見えない。。。。何も見えません。。。」




左目で判断できるのは光だけ

それ以外は何も写らなかった
完全に目を包帯で覆われた状態で安静を言い渡され、

そのまま入院することに


担当看護士のハヤミさんに色々世話してもらった
ひとりで食事もできず、トイレにも行けない^^;

全部手伝ってもらった(笑)


病院に来たときからパンツ一丁である
もはや恥も体面もなかった


何も見えない生活

貴重な体験をしたと思う


まるで時間の流れが把握できない

夜なのか昼なのか?
自分が今眠ってるのか起きてるのかさえ把握できない


「純さん~、おはようございます~♪」
「お昼ごはんの時間で~す」


というハヤミさんの声だけが目安だった



二日後、
主治医の手によって包帯は解かれて、右の目は開けるようにしてもらった


すっと暗闇で過ごしてた状態から、やっと光を把握した
しばらく使ってなかった目は視力が調節できなく、しばらくピントが合わない


「大丈夫ですか?見えますか??」


そう尋ねてくるぼやけた顔が、だんだんはっきりしてきた



長い髪を後ろで束ねた、眼鏡を掛けた白衣の女性が
いすに座って対面していた



「はじめまして(笑)」


「。。。あ。。どうも改めまして(苦笑)」



「担当外科医のアイカワです^^」



凛とした雰囲気の女性に
対峙する俺はボサボサの髪に無精ひげで野獣の風貌だった





搬送されたのは大きな大学病院


顔面血まみれ
体中が汗だく
試合着のまま、スパッツ一丁の半裸にタオル掛けただけの格好
荒々しい呼吸
「チキショー、チキショー。。。」というつぶやき



そのまま救急治療室に連れて行かれた

すでに準備が整っていて、言われるがまま治療台に横渡る
的確に仕切ってるドクターの声は女性だった



事故現場でのワダさんの証言と病院側の説明

二つを照らし合わせると、
なにやら相手のパンチの衝撃で左目のまぶたが突き破れて、
目玉が丸見えになった状態だったという


「ゲゲゲの鬼太郎のオヤジみたいでしたか?」
「いや。。。あのままだと飛び出るんじゃないかと慌てましたよ!」


ワダさんはギャグをスルーした


「対戦相手だった方も心配してるようです!連絡とって来ますね」


病室を抜け出す忍者



治療をおとなしく受けてるうちに気持ちも落ち着いていた



担当してくれた主治医が説明をしてくれた

まぶたの縫合は無事終了
しばらく安静の為に入院

「傷跡は残ってしまいますが。。。あとは眼球にもダメージの可能性があります」
「。。。。」



あまりピンとはこなかった



そのダメージは後ほど大きく味わうことになる




この時は何にも気がついていなかった





実はちゃっかり運命の出会いもしていた

そのことにも全然気がついてなかった








率直に告白すると、
試合のことは脳震盪起こして覚えてない(笑)


若干憶測も交えて回顧してみる^^;




試合開始のゴングが鳴って、
気持ちは落ち着いてたのは覚えてる


スタミナ配分の為、無駄な手数は出さない
後ろに下がると追い詰められるから、相手の左に左にと回る

サウスポーの自分
そうやって回ることで、相手の背を取りながら自分は対面できる

有効とプラス思考
その二つが頭にあった



ただ
手や足を出してくる相手のリーチは意外と長く、
予想以上の対格差を感じた


ガンガンくるファイタースタイル



やっぱり立ち関節だ!



狙い技を絞った



セコンドの弟子さんからラウンドの残り時間の声がかかる


終わり間際はちょっと動こうと考えてた



相手のとの尺度を図る前蹴りを出す



その脚を交差する側の手でつかまれて、
思いっきり振り切られた!


身体のバランスを失い、ガードも崩れた



一発顔面にいいパンチ


続けざま二発、三発。。。


ショートレンジのブローを食らう


横から右のフック気味のパンチを左目にもらった

それがかすめた時、「あ!」と相手が声を出す


攻撃がゆるんだので、逆に食らわしてやろうと突っかかっていたが、
なぜかレフェリーが割って入ってきた


???


なぜかワダさんたちもリング上にあがってくる



「。。ワセリンだ、早く!」


いきなりタオルを顔に当てられる

殴られた目が確かにひりっとはするけれど一体。。。?



赤いタオルが顔から離れた

。。。!!
よく見るとそれは自分の血で染められた白いタオル




ゴングが乱打される



???

「。。。純さん、目が!!。。。」
ワダさんのあわてた様子
状況を把握できない




「。。試合は終わりです。。。すぐに病院に向かわないと目がヤバイ!!」



終わり。。?
バカな!!?



意識飛びまくりながらも、俺はまだまだやれる!
と、闘争意欲を失ってなかった



「救急車呼んでます!。。。さあ早くこっちに!!終わりです」


強引にリングを降ろされる


終わるも何も。。。
俺はまだ何もやっちゃいない!!



「。。返してください!!。。。まだ。。。まだやれます!」

ワダさんにがっしりと身体をつかまれる
「。。。行きましょう!!。。誰か!純さんの荷物まとめておけ!」


「。。ワダさん!!」
「その左目じゃ無理です。。。」
「右が見える!!。。。だから平気ですって!」




誰も俺の言うことになんか耳も貸してくれなかった
ただ黙々と会場の通路を歩き、救急車へと乗せられた



せっかくの練習を無駄にしたくない。。。
リングに帰りたくて仕方なかった


「。。。返せ。。返せよ。。。畜生。。。。」


走り出した車の中


うわごとのようにつぶやきながら、メチャメチャしょっぱい涙を流した