今日は、智を連れて実家に行こうと思う。
母が、智に会いたがっていたからだ。
反対されるもんだって…………思ってた。
なのに、母はあっけらかんとして
「お兄ちゃんの考えてることなんて
お見通しよ。」って、笑う。
智が、感謝の意味をこめて会いたいと言うので電車に乗った。
晴れ渡る空は何処までも青く
日曜日の電車の中は人も少ない。
外の景色を見ていた智が
『…………翔君のお母さんてどんな人?』
と、聞いてきた。
緊張してるのかな?
『どんな人っていてもな~
普通の人』
母がどんな人って………
人んちのお母さんを知らないからなあ………
『智のお母さんはどんな人だったの?』
「あっ!俺のバカ。
なんでそんな質問してんだよ。」
と、顔が歪んだ。
でも、智は至って普通で遠くを見つめながら
『……………俺の母ちゃんは…………』
と、智が思い出の中に想いを馳せる。
『母ちゃんは、よく笑う人だった。
テストで悪い点を取っても笑って
「こんな点数見たことないから、記念に額に入れようか」って言うような人。』
『ほんとに?』
と、俺が笑ったら
堰を切ったように饒舌に語りだした。
考えてみれば、智に悪いと思って
亡くなった人たちの話題は、ずっと避けていた。
だけど、智は話したかったんじゃないかな。
だって、楽しそうに家族のエピソードを語る智は
実に綺麗な笑みをたたえて笑ってた。
『それでね。
とーちゃんが、俺のせいにしたのがバレて
母ちゃんに晩酌盗られてたの。
あん時の父ちゃんの顔、今でも忘れらんない。』
と、クスクス笑うから俺も笑った。
『智の家族は、明るい家族だったんだな。
楽しそうだ。』
『…………うん。楽しかったよ。
…………こうして………話せるようになったのは
翔君のお陰だ。』
そう言って、俺に笑ってくれた。
デパ地下で焼き菓子のセットを買った。
「そんなのいいのに」って、言ったら
『駄目だよ。
翔君のお母さんは、俺のお母さんにもなるんだから
最初が肝心でしょ。』
だって
もう、言うこと考えることが可愛くて
この場で抱き締めたいのを必死で堪えた。
駅から歩いての道のりを、俺は説明して歩く。
自分の子供の頃を思い出して。
そうしたら
『翔君。
僕も一応ここに住んでいたからわかるよ。』
って言って
『ちょっと寄り道してもいいかな』
と言うから「うん。」と言って頷いた。
寄り道って…………
やっぱりそうか……………
そうなんだ、智は子供の頃住んでいた家に向かおうとしてるんだ。
『俺ね。
ずっと来れなかったんだ。
…………翔君のお陰だね。』
って、また笑った。
智の中で、過去の辛い経験が少しずつ薄れ
思い出を語れるぐらい癒されてきているんだね。
それは、俺がそばにいることによってなのだとしたら
俺はうぬぼれてもいいよね。
15年という歳月は、長いようで短く
かくれんぼした神社や、公園は今も変わらずに
蝉時雨に包まれていた。
『ここを曲がってすぐ…………』
俺が中学生まで住んでいた家がある。
曲がった路地は
あの頃となにも変わってないように見えて
俺は15歳の少年に戻る。
自分の家に向かって自然と足が早足になった。
隣には3歳上のお兄ちゃんがいたことを思い出す。
「俺は、よく遊んでもらったんだ。
マー兄は元気かな…………
もう、結婚したかな…………」
表札には「松岡」と書いてあって
引っ越してなかったことに安心した。
俺の昔の家は、外壁の色こそ違えど
何も変わらずにそこにあった。
表札には知らない名前が飾ってあったけど
玄関から、今にも母ちゃんが出てくるんじゃないかって思うぐらい鮮明に覚えてた。
庭に植わってるハナミズキは、俺が小学生の時に植えたもの。
柵には、ノウゼンカズラがオレンジの花を咲かせてた。
この花は、母ちゃんがすきだったんだ。
夏の太陽みたいに元気で明るい人だった。
ずっとずっと現実に目を反らし
ここに来るのが怖くって
記憶の棲みに追いやった風景は
ただ懐かしさしかない。