「試合で相手や自分と
 戦いきることが大切だ。」 

そんなアドバイスをうけて、考えが、
あれやこれやとめぐり、

何か自分たちなりの「定義」
みたいなものを作っておきたくなる。

もちろん娘のテニスにおいての定義。

「試合を戦いきったことが
 あるか?」ときかれたら、
娘は「?」となるだろう。

何をもって「戦いきる」になるのか
わかっていないからだ。

だからこそ
きちんと「戦いきる」について
理解しておきたい。

ただ、試合をして、
勝てそうな相手に勝ち、
負けそうな相手に負ける。
そんな試合がほとんどだが、
そんな試合の中には、
「戦いきる」要素はほぼないだろう。

自分にとって「戦いきる」が
成り立つためには、
少なくとも、
同じくらいのテニスをする相手に、
もしくはそれ以上のテニスをする相手に
全力で臨むくらいじゃないと
「戦いきる」を計れない。

全力とは、
技術力、集中力、体力、精神力、
そして持続力…そんなところだろうか。

では、その試合で、
どれだけの力をだせたら、
戦いきったことになるのか。

 80%の力?
100%の力?
120%の力?

以前もらっていたアドバイスはこうだ。
「本番では80%の力が出せたら、
 充分だ。
 100%なんてあり得ない」

そんな風に言われて、
娘は試合を戦ってきた。
(幼かったのもあるだろうが)

「それぐらい、試合会場には魔物が
 すんでいる。」
その言葉に親子で納得していた。
だから、試合の評価も8割の力が
出せていたら、
本当は納得のはずなのだ。

負けても、勝っても…。

ところが、現実はそうはいかない。
たとえ8割の力がでていても、
見ているとストレスがたまる。
負けたら、なおさらだ。

いつもはもっとうまいはずなのに、
と思うと余計に負けたときなどは、
悔いが残る。

これって実は、
「戦いきった」かどうかの評価では、
決して戦いきったとは、
言えないのではないか? 

いや、
8割の力が出せたらいい
という基準なら、
「戦いきった」でいいのかもしれない。

が、そこでその
「戦いきる」を
そんなに簡単に使っていいのだろうか。


というのは、
ここ最近の娘の試合はというと、
実はあまり、見ていても
ストレスがたまらないのだ。

たとえ、負けたとしても
「めっちゃ、うまかったなぁ。」
という感想を持つことが多くなった。

それは、恐らく娘が、
普段の練習どおりの力を
100%だせるようになって
戦えるようになっているからだ。

試合会場の魔物がきえているのだ。

いや、消えたんじゃない。
魔物なんかすんでいない。
いないのだ、最初から。
負けを魔物のせいにしたかった
だけかもしれないと思えてくる。

魔物がすんでいると思い込んで
いることこそ、実は魔物だったのだ。

では、この100%の力を出しきって
戦った試合、これは
「戦いきった」ことになるのか?

「なる」という人もいれば、
「まだならない」という人もいるだろう。
 基準は、それぞれで決めていいのだ。

私たち親子は、「まだならない」
と敢えてしておきたい。

「うまかったなぁ。」では、
上にあがれないからだ。

力の出しかたによっては、
100%以上のものを出せると
知ってるからだ。

上位ランキングの人が、
まさかのさらに上に勝つ場面を
いわゆる番狂わせを
目の当たりにして実感しているからだ。


今日の私は、
「戦いきる」の自分たちなりの定義を
きちんと言葉にしておきたい。

そんな、私が、
定めるところの
「戦いきったなぁ。」は、
100%より上の力をだして
戦ったときにしようと思う。

かつて、3、4回
娘がそんな試合をしているのを
観たことがある。

明らかに
その試合の最中にうまくなった、
そんな試合だ。

何も練習中だけにうまく
なるのではない。

試合をして、
ボールをうちながら、
考えながら、
追い詰められながら、
上達している、そんな、試合がある。

そう、水泳選手が、
試合本番に
新記録をだすようなものだ。

そんな試合をみてしまうと、
敗けても、ただの残念ではない。
むしろ「戦いきった」試合なのだ。
そして、次は勝てると思えてくる。

ま、普段の実力以上のものを
だそうとすることは
もちろん簡単なことではない。

集中力、体力、技術力、精神力
それを持続する力を
しっかり試合に携えて臨まないと
とうてい「戦いきる」ことなんて
できない。

試合を、「戦いきる」ための
必要なこと、みえてきた。

満足な試合が増えてきた中、
まだまだ足りなかったもの、
それが、
この「戦いきる」こと。

「自分よりも強い相手に
 結果を先に決めないで、
 自分のもっているものを
 全て出しきって、最後の最後まで
 どれだけ立ち向かっていけるか、
 あわよくば、勝ちにもっていけるか、
 そんな風に強気で臨んで行くこと
 臨み続けること」


私たち親子に全く足りなかったものだ。

新しい指針ができた。

「戦いきる」ことができたかどうか。

これからは、
いつも、試合の後に
娘と振り返ってみることにする。

いや、その前に、
これでいいかどうか、
コーチに確認しておこう。

そうじゃないと、
反抗期の娘が、
素直に聞き入れないだろうから。