こんばんは。
今朝も友人とZOOMミーティングをしながら
またもやその話に花を咲かせました。
その話題とは・・・
「いま私の目の前で起こっていることは
なんでこういう展開になっているの?
いやいや、私 全然悪くないし・・・」と
思っちゃいたくなるような出来事がありますよね。
私もあります。
どちらかというと、ありました。
しょっちゅうであれば
私に非が・・・というものの捉え方で
謙虚に受け止めたりも出来るのですが。
それは・・・
「いま、自分が体験していることは
すべて自分が作り出したものである」と
一旦受け止めて見てみるということです。
なんだか納得がいかないけれど・・・というときも
元をただしてみれば
自分の中にあるものの見方が
その現実を引き寄せています。
「非は自分にあってお相手が悪いわけじゃないから・・・」とか
「全ては自分のせいなのだから・・・」という
なんでも自分の方に非がある、というものの見方でもなくて
いま目の前に繰り広げられている事実は
私に何を知らせに起こってくれている出来事なのだろう?
わざわざ私に教えるために起きてくれている出来事は
何を届けにきてくれているのだろう?ということです。
例えば・・・
お相手を責めるのではなく
自分の行動が本当にその時の適切であったのかというところに
注目をして丁寧に見てみるのです。
自分の人生の主人公が自分なのであれば
いい時には、それは自分が呼び込んだもので
一見、悪いことが起こった時には
他人が引き起こした出来事である、というのは
自分が人生の主人公的なものの見方ではないですよね。
一見いいことも、一見そうではないようなことも
どちらも自分が引き寄せた出来事なのであって
それは「自分のものの見方」を知らせてくれている
わたしにとってはとても親切なものでもあります。
なかなか自分では自分のものの見方を自覚することが
難しいものなので「なんか変だぞ!」の時ほど
自分の「そこ」に気付けるラッキーチャンスでもあるのです。
その「そこ」を丁寧に見ていく作業の時も
自分を責めるのではなくって
自分のパターンを検証するための機会として
お相手も自分のことも誰のことも責めずに見ていきましょう♡
そんな風に自分と向き合うと
自分の中のものごとの捉え方に気付いて成長させることも
自分のこころの大きさも広げていくことも出来るし
自分自身を幸せにしていく道のりのひとつだな、と感じます。
ひとつ、
私の中のわたしがそこを納得していないときに
頭ではそう分かっているからと
乱暴にそちら側に連れて行こうとすると
かえって抑圧が生じたりするので
本当に私のなかのわたしと丁寧に対話しながら
実践していきたいことだなと思います。
チャンス到来してはまた実践!!
変態道をまっしぐらですね~^m^♡
私も歩みます♪
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