百箇日 | 私の毎日 

私の毎日 

日々の自分の心と向きあおうと始めてみました。
なんでもない平凡な生活の中で、ちっちゃな幸せを見つけ、
閉じ込めた傷は手放していけるような・・・
そんな生活が送れたら・・・。人生上々。

今日、いい夫婦の日、百箇日を迎えた。


仏教的には輪廻先が決まっているけど、不満があったら


観世音菩薩にお願いして変えてもらえる日らしい。


そして・・・


卒哭忌とも言われ、嘆き悲しむことから立ち直っていく日。


慟哭・・・そうだね。


まさしくそうだった。



私達夫婦は・・・


っていうよりも、私は・・かな。


主人が亡くなる前数年はすっかり気持ちの歯車が狂っていて・・・


小さな不満のぶつかりあいが多くなっていて・・・


主人も元々はおおらかな人だったけれど、


小さいことに苛立ちが隠せないようになってきて、


ぶつかりあうことが多かった。


正直、定年まで一緒に暮らせるかどうか・・・悩んでいた。



そんな怒りや憎しみや、嫌な思い出達は「死」とともに去っていってくれた。


残された思い、「後悔」はそれこそいっぱいあるが、


ただただ「感謝」  それに尽きた。



そんな卒哭忌を翌々日に控えた夜。


ちょっとした出来事で泣いた。泣いた。泣いた。


主人が亡くなった時でさえ、誰かに泣きながら電話かけたことはなかったけど、


つい、受話器を握ってしまうほど、辛い出来事だった。



でも、もう忘れよう。



言葉で思いを伝えるのは難しい。


長年連れ添った夫婦でさえ、汲み取れない思いはいっぱいある。



主人が亡くなった瞬間から本日今日まで・・・


死亡確認から遺体の搬送。


葬儀社の手配、通夜、葬儀の準備。


親戚縁者の接待からお礼。


仏壇、墓、納骨。


法要の手配。


諸々の山ほどあった手続き。


書ききれないほどの雑用。


息子も少しは手伝ってはくれたけど・・・


ほぼすべてを一人で頑張ってきた。


もちろん、多くの人の応援の声に励まされて・・・



まだまだ「泣く」ことから卒業はできそうにないから


他のことで泣くのはやめよう。


普通に暮らすことですら、正直今の自分は精一杯だから・・・。




お父さん、輪廻先は決まったの?


不満はないかい?


あとは転生を待つだけなのかな?


ワクワクしてる?


できたら・・・


お願い出来るなら・・・


また出会えるところにしてね。