私が主に仕事をしている美容業界。

有名美容師といわれる一握りの美容師さんが、時代,時代で出てくる。

「カリスマですか?」

ときっと別業種の人は思うだろう。今はそういった言い方はようだろが、ブームの当時と似たようなもカリスマとなっている美容師さんは今もいる。




カリスマを見て何を思っていたか?


かく言う私も20代の前半の時の美容師としての経験を積んでいるときは、そういった人間をみて、ただただひたすら僻み(ひがみ)、妬み(ねたみ)続けた。

「憧れる」

なんていうキラキラした素直な気持ちを、私は残念ながらもっていない。

ちくしょー!くそったれ!

としか思えない。とにかく悔しい。悔しいかったのだ。


同じ土俵で戦っている、同じ人間なのに、自分なんかよりも明らかに業界から、そして社会から認められている存在を見る事は、自分の無力さ足りなさを痛感させられるだけだ。

でもその僕の妬みや僻みのパワーは、様々な行動への物凄いパワーになった気がする。

しかしそのパワーときたら漆黒のドブのような泥のような色のものだ。

つくづく自分はネガティブで卑屈な人間だと思うものだ。。。。




40歳中年になりどう思っているのか?


今は流石に大人になったから、口に出してそんな人達をバカだのアホだの田舎者だのと罵るような、負け犬の遠吠えのようなことはしない。

が、この40歳になろうかという今でも、根本は変わらない。

僕は未だ密かにそういった今や美容業界に限らずメインストリームでキラキラと輝いている人間への妬みや僻み、嫉みを未だに自分の仕事の燃料としている。

昔よりかは「黒い」気持ちは収まっているけど。。。。

でも、やっぱりキラキラした気持ちはあんまり無い。

「~~さんてやっべーぞ!!オレもあんなふうになりてーんだぞ!」

そんな風には絶対になれない。この年でこうなのだ。もう一生無いのだろう。

凄いな~。とは思うけど、負けずにやらなきゃな!と思うだけだ。





カリスマを分析する。

美容師に限らず、「カリスマ」と、言われている人はあらゆる業種、職種。職業という枠組みでなくても、アーティストや歴史上の偉人などたくさんいる。

そしてカリスマという言葉を思い浮かべると僕はある言葉を思い出す。

「盛者必衰」又は「栄枯盛衰」

どちらも似たような言葉だが、栄えたものがいずれは衰えるということだ。

ほとんどのカリスマと言われる1個人には鮮度というものが存在する。
絶頂。つまりピークがあり、そのピークが過ぎると過去の産物になってしまうことがほとんどだ。
※まれに半永久的にカリスマとして崇められる本物もいる。。。


なぜならカリスマと言われる人はある部分が突き抜けて言たり、有る偏りが時代にフィットして著しい効果や結果を生み出した人なのだ。

そもそもバランサータイプではなく、個性が強い人が多いと思うのだ。

強い個性にたまたまだったり、狙ってだったりで、何かのタイミングが合うと物凄い瞬発力で大きな結果が出る。

それが「カリスマ」なのでは無いだろうか。




カリスマは逃げ切り馬のような人生?

ひょっとしたら、カリスマになったら、人間の長い人生を生きることって、実はなかなか難儀なことなのではないだろうか?

カリスマになったらきっとお金も沢山儲かるであろう。
そして時代や空気の後押しにより、多くの人から実際の実力以上に評価や賞賛もされるだろう。

しかしピーク後の下り坂の衰退期に入った時の虚しさは中々のものだろうな。。。

上げてしまった生活水準や自分のプライドなんていうものもなかなか下げるのは難しいことが予想される。

カリスマ時に得た有形無形の様々な財産が、長い人生の終焉まで枯渇すること無くもつのだろうか??

そんな人は一握りだと思う。

多くの人が絶頂時にはかんがえられないような、以外にさみしい終焉を迎えるのではないのだろうか。。。

多くの歴史を見てもそのような例は枚挙に暇がない。

競馬の逃げ馬のように人生のゴールテープをいい形で切れる人は僅かなのであろう。
終盤で息切れしてしまうのがオチではなかろうか。。。。




カリスマは成功者なのか?否か?

コレに関しては結局のところわからないのだ。

「成功者」

というのが、今、現時点の「点」を言うものなのであれば成功者であろう。

しかし人生というのはある時期の一瞬だけではなく、数十年という長期戦だ。

その長期戦の中で最終的に「そこそこ良い形で居続けて勝ち抜ける」が「線」で考えた成功ということなのではないだろうか。

その線で人生を考えると、、、

こんな感じの激しい山なりな生き様はあんまりしたくないな。。。。


できればゆるやかに、穏やかに上がり続け、どこかのジジィになってきたタイミングで、自らの判断で、そろそろ下降していこう。と、仕事などをセーブしていくような生き方が一番よいのではないかな。

こんな感じで。

しかしながら、ずーっと長期間を微増で成長&結果を良くし続けるには「変化」をし続けなければならないのである。

そう考えるとやっぱりカリスマのように、1つわかりやすく飛び抜けた存在より、良い意味で自分を持ちすぎず様々な変化に対応できるような状態でありつづけることが大切だろう。

そうそう。

バコーン!!とホームランを打つような事をしなくても、あの手この手で、小さく刻んで点を重ねていても良いのだ。


豪速球のストレートで三球三振を取らなくても、いやらしい無限の変化球で2ストライク3ボールまで追い込んで、内野フライでも良いのだ。



ともかくだ。

僕個人としての結論は自分個人の力や鮮度なんて言うのはたいして長続きするものではない。

なのであれば、コツコツとしっかりとした仕組みを作って、地味でもいいからそこそこ良い状態で長く続けられることを考え、絶えず手を入れて、変化に対応できるよう偏った自分にならないこと。

つまりはバランス。

これが一番大事なのだ。

今読んでいる古典の「菜根譚」にも記してある。

偏りと言うのはとにかく良くない。

2千年前位の書物にもそのように書いてあるのだ。

これは人間として生きる中での原理原則として間違いないであろう。。。。。



と、いうことで自分の考えをおもいっきり肯定する理論に着地するという、自分のためだけのブログなってしまった。

そろそろ終わったほうが良さそうだ。

おやすみなさい。。(。-ω-)zzz





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