赤裸々脚本日記①構想~プロット
さて、赤裸々脚本日記記念すべき第一回目です。(連載の保証はありません!!)
3月公演「劇光カルメン」の余韻にも浸れず、12月公演ARTの本編DVD編集中で次回の舞台のチラシデザイン、グッズなども絶賛制作中ですが、いよいよ命である脚本ですなぁ。
下調べの本や映画やネットや現場を除いても、執筆に一年以上かける人もいれば、3日で書いてしまう人もいれば色々ですが、僕は最近は書き始めて初稿上がるまでに大体2週間ですね。そっから稽古を通してブラッシュアップして通し稽古までには決定稿、ま、本番でも良いものにするためにギリギリまで変えていきますけど。
大体ここ2年は舞台と舞台の間が3カ月しかありませんから、しかも毎回新作です。
脚本にもちろん正しい書き方なんてありません、去年沢山の先生に聞きましたが、上演される脚本を書いてない人ほど人とぶつからないので構成や方法論語ったりいちゃもんつける傾向にあるようです(笑)人間が動いてみないとわからない事は沢山あります。
頭の中で2カ月錬りに錬りいよいよ執筆(正しくは打ちこみ)に入るのだけど書き方は人それぞれです、今回は物語の進行とか随時ネタバレギリギリで書いて行こうと思ってます、中止するかもしれませんが…
僕は文学的に情緒的にとゆうより、ちょっと数学的に考えてます、なのでまずグラフを書きます。その波や時間軸に事件やトラブルが起こりお客様の集中力や音の効果を付けたして綺麗な2時間弱のカーブを描くように構成していきます。んで僕の場合は自分が観客としての集中力が90分が限界なので30分ほどカットします。
もともと国語や社会が苦手で数学の点数は飛び抜けてほぼ満点近くをキープしていたのでなのでこうゆう考え方になってるんだと思います。
その次が骨の折れる作業を紹介します…。脚本作りに先立って、プロットとゆうものがあるとないとでは物語の修正時に原因を見つけやすいです。超めんどくさいですけど…
プロットとは一般的に「あらすじ」の様に感じますがちょっと違います、ここで言うプロットは出履け(デハケ)です、これは今モモクロの映画原作で話題の平田オリザ先生に劇作家協会セミナーで直接学んだものです。デハケの芸術とも呼ばれる演劇においてこのプロットはとても重要な気がします、教わったものをそのままは出来てないと思うので、まぁ人それぞれです。
誰が居て、誰がどっから入って来てどうゆう理由で出て行ってどうゆう理由で戻ってくるとか、そんな図形を手書きで何十個も書いて行きます、これをやらないと、出演者が多い台本であれ?この人ここに居ない…とかになってくるわけです。
僕の場合は贅沢な事に劇場、出演者さん、スタッフさんが決まっている公演の脚本がほとんどですので、劇場の特性をみて舞台を平面から見たときにおこる事件、アクション、つまり現象を書き記していくんですが、これが見えていないと結構悲惨な事になります。逆にゆうと出履け、アクション、現象がぶれなければセリフの言い回しや可能性は無限に広がります、その無限の中で自分に響く一番間接的で説明的ではなく察する事が出来るセリフを選択していけばいいのです。
俺の頭の中ではこう思ってる!!と言っても誰も共感はしてくれません…さらに自分も出るので自分を登場させて人形のように動かして記す、その繰り返しです。イメージとゆうものはとても体力を使うので眠たくなります。そんな時はギターを弾いて歌います。そこで追い込まれて出来るのが「カレーライス」や「名刺の歌」とかなので相当病んでます(笑)
今回は架空の江戸時代、江戸時代!!??将軍の名前も知らないこの俺が…時代劇…
挑戦的ですね…めちゃくちゃな魔法をかけてやります。現時点で可能性は無限大です。
モデル年設定は天保14年です、何でこの年かはもちろん理由があります。大きな火事がありました。江戸から少し離れた小さな村にあった宿場が舞台です。
昨日は前半部分のプロットを書多書多してました、その最中にも面白が浮かんできてそれをまたグラフに書きなおしてとゆう作業です。
6月4日~6日の舞台、出演者はともかく、劇場とかタイトルも発表しちゃだめなのかな…確認します(笑)
日本人の想いやりや気遣い、その優しさは素敵な文化ですがタブーや顔色をうかがうのは悪い風習だと思います。
変えていきましょう、確認していきましょう、未来はきっと自由です。
でわ、また書きます★
隼平



3月公演「劇光カルメン」の余韻にも浸れず、12月公演ARTの本編DVD編集中で次回の舞台のチラシデザイン、グッズなども絶賛制作中ですが、いよいよ命である脚本ですなぁ。
下調べの本や映画やネットや現場を除いても、執筆に一年以上かける人もいれば、3日で書いてしまう人もいれば色々ですが、僕は最近は書き始めて初稿上がるまでに大体2週間ですね。そっから稽古を通してブラッシュアップして通し稽古までには決定稿、ま、本番でも良いものにするためにギリギリまで変えていきますけど。
大体ここ2年は舞台と舞台の間が3カ月しかありませんから、しかも毎回新作です。
脚本にもちろん正しい書き方なんてありません、去年沢山の先生に聞きましたが、上演される脚本を書いてない人ほど人とぶつからないので構成や方法論語ったりいちゃもんつける傾向にあるようです(笑)人間が動いてみないとわからない事は沢山あります。
頭の中で2カ月錬りに錬りいよいよ執筆(正しくは打ちこみ)に入るのだけど書き方は人それぞれです、今回は物語の進行とか随時ネタバレギリギリで書いて行こうと思ってます、中止するかもしれませんが…
僕は文学的に情緒的にとゆうより、ちょっと数学的に考えてます、なのでまずグラフを書きます。その波や時間軸に事件やトラブルが起こりお客様の集中力や音の効果を付けたして綺麗な2時間弱のカーブを描くように構成していきます。んで僕の場合は自分が観客としての集中力が90分が限界なので30分ほどカットします。
もともと国語や社会が苦手で数学の点数は飛び抜けてほぼ満点近くをキープしていたのでなのでこうゆう考え方になってるんだと思います。
その次が骨の折れる作業を紹介します…。脚本作りに先立って、プロットとゆうものがあるとないとでは物語の修正時に原因を見つけやすいです。超めんどくさいですけど…
プロットとは一般的に「あらすじ」の様に感じますがちょっと違います、ここで言うプロットは出履け(デハケ)です、これは今モモクロの映画原作で話題の平田オリザ先生に劇作家協会セミナーで直接学んだものです。デハケの芸術とも呼ばれる演劇においてこのプロットはとても重要な気がします、教わったものをそのままは出来てないと思うので、まぁ人それぞれです。
誰が居て、誰がどっから入って来てどうゆう理由で出て行ってどうゆう理由で戻ってくるとか、そんな図形を手書きで何十個も書いて行きます、これをやらないと、出演者が多い台本であれ?この人ここに居ない…とかになってくるわけです。
僕の場合は贅沢な事に劇場、出演者さん、スタッフさんが決まっている公演の脚本がほとんどですので、劇場の特性をみて舞台を平面から見たときにおこる事件、アクション、つまり現象を書き記していくんですが、これが見えていないと結構悲惨な事になります。逆にゆうと出履け、アクション、現象がぶれなければセリフの言い回しや可能性は無限に広がります、その無限の中で自分に響く一番間接的で説明的ではなく察する事が出来るセリフを選択していけばいいのです。
俺の頭の中ではこう思ってる!!と言っても誰も共感はしてくれません…さらに自分も出るので自分を登場させて人形のように動かして記す、その繰り返しです。イメージとゆうものはとても体力を使うので眠たくなります。そんな時はギターを弾いて歌います。そこで追い込まれて出来るのが「カレーライス」や「名刺の歌」とかなので相当病んでます(笑)
今回は架空の江戸時代、江戸時代!!??将軍の名前も知らないこの俺が…時代劇…
挑戦的ですね…めちゃくちゃな魔法をかけてやります。現時点で可能性は無限大です。
モデル年設定は天保14年です、何でこの年かはもちろん理由があります。大きな火事がありました。江戸から少し離れた小さな村にあった宿場が舞台です。
昨日は前半部分のプロットを書多書多してました、その最中にも面白が浮かんできてそれをまたグラフに書きなおしてとゆう作業です。
6月4日~6日の舞台、出演者はともかく、劇場とかタイトルも発表しちゃだめなのかな…確認します(笑)
日本人の想いやりや気遣い、その優しさは素敵な文化ですがタブーや顔色をうかがうのは悪い風習だと思います。
変えていきましょう、確認していきましょう、未来はきっと自由です。
でわ、また書きます★
隼平


