愛・・そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持・親子・兄弟などがいつくしみ合う気持ち。

また、生あるものをかわいがり大事にする気持ち。

 

辞書で調べるとこんな感じ。慈しみかな。

なんだか世間でいう愛とニュアンスが違うような気がするのは私だけ??

 

 

苦しみの抜け方は、何日もかけて書いてきましたが(過去ブログを見てね)

苦しみは人の『業』=自分の人生を作っている原因・心を突き動かしている内側から反応する心の作用いわゆる

性格と呼ばれるものかの働きによりもたらされます。

ややこしい(笑)

 

簡単に言うとその性格・心・執着があるから苦しいねん!!!ただそれだけやし、その性格改め直し(変わると決め)正しい理解と認識を持って自分を再構築しましょうという事。 


ややこしさ倍増??(笑)いや、大丈夫!!

なはず。さぁ 今日も 共に参りましょう。

 

 

いつもありがとうございます

タロットカウンセリングまじかるクラウンユノティアーラです。

 

何やら冒頭から、叱咤激励の様に聞こえますが、私のカウンセリングをしてくれていた

執着専門心理療法士ファンダリカのえびさんの言葉が私の中をこだまして、常に私を導いてくれてます。

 

弱かった心やどうしようもない性格が、正しい理解と導きで、少しずつ えびさんの言っている事がわかってきました。

 

まだまだ、同じ土俵には程遠いかもしれませんが、みんなで、現実と心の作用を正しく理解し、苦しみから抜けていけたらいいなと理想を持っています(笑)

 

 

このブログも、ちんぷんかんぷんな人もいれば、そんな当たり前の事何言ってんの?と思われるかもしれませんが、読んでくださっているあなたに何か気づきがあればいいなと思って書いてます。

 

さあ、今日も飽きずにお付き合い願いますねウインク

 

人は他人や自分の思いに執着し続けることで、苦しみを持ったまま生きています。


なので性格や心の反応を正しく理解して、手放せば、苦しみからぬけられるという説を元に展開しております。

 

昨日までの苦しみ(親への不満・罪悪感・捨てきれない執着)これは根底に愛してほしい!!という欲求があります。


多くの人が この愛して欲しい・愛されたいという欲求を持っていて、苦しんでいるのも事実です。


持ってない人は・・・私は、まだまだ視野が狭いので、えびさん くらいしかあったことないですが・・・

 

『愛されてる』と感じることが出来ればなくなる苦しみ。

何でこんなにも愛を得られない苦しみを人はかかえるんでしょうね??

 

身近に『愛ってなんやねん??』って言ってる人がいましたので、冒頭に辞書で調べたもの記載しましたが、親に愛されなかったという人も数多く見てきました。

 

親に愛される ・・・その愛は親に認めて欲しいや優しくしてほしい!!という欲求。確かに、これも愛です。

 

そのほかに気持ちの面ではどうでしょうか??

 

どんな気持ちでいたら愛されていると感じますか??

 

『心が裁かれない事』・・・否定的な判断や評価を下されない・裁かれない状態

 

最近、あんたってこんなんよな~!!と2回程お逢いした方に否定的に言われる事がありました。

これも判断されてますね。自分をもっと愛します。反省しましたww

 

『心の自由が許されている状態』・・・感覚は感覚のまま感情は感情のまま ありのままの自分を肯定される事


自分の考えることはそのまま自分の考えとして、自分の欲求はそのまま自分の欲求として自分の思いが在る事を許されている状態。

 

否定されない自分の思いが人の前で感じることが出来たら、愛されてると感じられるのではないでしょうか?

 

 

『愛』にも種類があることがわかってきましたね。

 

①親・人に大切にされたい・褒められたい・価値を認めてもらいたい・・・・求める愛

 

②体の感覚・感情・長い・思いが肯定的にありのまま理解される事。心が完全に自由。

 

そして、この二つのうち苦しみをつくりだすのは どちらでしょうか??

 

 

そうです。

 

『求める愛』です。この求める愛というのは、どうしても他に認めてくれる人という『叶えてくれる人』子供からしたら『親』が必要になってきます。だけど、叶えてくれないから苦しみが生まれるんですよね。

 

 

しかし、一方②の自分の心で体感する自由は、相手の有無を問わず、自ら心の自由を感じて、満足する事が可能です。

 

もしも、求める愛を手放して、心が自由である状態になったら、求める愛は必要ですか??

 

心が自由で満たされて、求める愛が必要なくなり、求める愛があったら最高だけど、なくても満たされない事はない!!!

 

求めることは可能であってもいいけれども、求める事に苦しみが生まれるなら、一層の事求めることに心を使う必要ないですよね??

という解釈です。

 

愛とは求める愛と、求めない心の状態の2種類あるという事が解りました。

 

心には広い可能性があり、愛される事もそうだけど、他の方法で心を満たす事も出来ることを知っておくとよいですね。

 

心とは移ろいゆくもの。元々は自由な物。この自由な心境に立てた時、人は幸せを感じます。

 

求める愛以上の満たされた心境や安らぎを感じるかもしれません。

 

そうではなく、人の愛や承認を求めれば求める程、心は乾き、求める事を手放して、心の自由を優先すれば、寂しかった過去の思いや愛してくれない現実の相手に苦しむことがなくなります。

 

愛は求めなくてもよいという事はわかりました。では、人を愛する喜びはどうやって学ぶの?

 

人を愛するとはどういうことなのでしょうか?

お互いの心が自由であること、その素直な心のまま、相手の気持ちを確かめ合える事が愛です。

 

愛し方を学ぶのではなく、相手の心をありのまま理解して需要することが人を愛する事

 

相手の体の感覚を理解する事。相手が抱いている感情・感覚・思考をただ ありのままに理解して、否定せず お互いの心の自由を認め合える事が愛です。愛はいつからでも育めます。

 

 

自分の心がわからず ただ苦しい状態からの脱出。

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