みのもんた氏に限らず、晩節を穢すような執着は高齢化社会の弊害のひとつだ。

いつまでも自分が第一線に居座ろうとするのは、自分の才能への過信のなせる業だろう。自分がかつて芽を出した年頃の若手や中堅に場と機会を譲る潔さがないから、業界に閉塞感が漂うし若い才能か生まれない。七十歳に向かおうとする人の時代感覚など、本人が自惚れるほどたいしたものであるはずかない。

時代が求めるのはいつも若々しい才能だ。時代の蠢きの中から頭を擡げる新しい才能だ。それを阻む一切の旧い因習、体質、組織、制度、馴れ合い、序列、権威、そういったモノたちを取り除くことだ。

みのもんた氏のような人たちが何かをしようとするのであれば、それは今のポジションでなく老齢者としての位置取りをした上での何かだ。そこに新しい価値を創り出せるかどうかだ。