パラリンピックがスポーツの原点と考えるようになったのは、つまり、こういうことだったのだと思う。
為末大さんのTwitter
@daijapan: オリンピックの時期に、パリのシャルルドゴール空港にあるパラリンピアンの広告が掲げられていた。片足義足の選手が義足の足をハードルに置きこんな意味の言葉が書いてあった。"左足を失ったのか。右足が残ったのか。私は後者を希望と呼ぶ”
2020東京五輪招致活動が報道されるたびにパラリンピックの情報にふれることで、これまでのスポーツ観に別の何かが染み込んできたように感じていた。
為末大さんのTwitter
@daijapan: オリンピックの時期に、パリのシャルルドゴール空港にあるパラリンピアンの広告が掲げられていた。片足義足の選手が義足の足をハードルに置きこんな意味の言葉が書いてあった。"左足を失ったのか。右足が残ったのか。私は後者を希望と呼ぶ”
2020東京五輪招致活動が報道されるたびにパラリンピックの情報にふれることで、これまでのスポーツ観に別の何かが染み込んできたように感じていた。