
戦後に進駐した米軍キャンプが仙台のジャズ熱に火をつけ多くのプロジャズメンが生まれ 国分町の店のステージが彼等を育て鍛えたのだそうだ 70年代のフォークミュージシャンブームみたいな状況だったんだろうか 決定的に違ったのがジャズはプロを誕生させたがフォークはアマチュアベースだった点だ けれどそのプロ達もバブル崩壊や不況のあおりで失業しミュージシャンは激減していった ところがそれが定禅寺ストリートジャズフェスティバルの下地になった アマチュア化した元プロ達が巷の演奏技術水準を上げ演奏機会や場所を作る機運を高めていった こんな地域風土がこのイベントがここまで大きく成長したことのバックボーンとしてあった こんな内容の記事が地方紙に載っていた
かつてのような観客じゃなくただの通行人になりましたが このイベントを育てた仙台市民には長いスタンディングオベーションを送りたいですね 20年は二つ昔 似たようなことをお金のある人達はいつでも始められるだろうけど 20年の市民と街の試行錯誤と情熱の蓄積は歴史だし伝統だから これはお金では買えない代物です
地方紙の記事はこう続いていた 20周年を機にこのイベントからプロを誕生させようとの企画が出ている 成功に安住してどどまっていないところがいいですね プロミュージッシャンと一緒に定禅寺レーベルの個性的な音楽の発信地になっていけたら もっともっといいですね