夕方の五時がずいぶん明るいのに今頃気づいた
日が長くなっているんだなぁ
そう思いながら歩いている耳に斉藤哲夫の吉祥寺が流れた
  
語りかける歌い方 高音程のやや苦しげな声 フィンガーピッキングのギター …
そこには髪を肩まで伸ばしブリーチアウトしたジーンズで煙草くわえる僕がいる
  
斉藤哲夫の吉祥寺が特に僕にそれを思い出させるということではないけれど
この曲の遠景に若い僕が住んでいることは確かなのだ
  
この曲はその頃の僕が感じていた町のざわめきや風の匂い君の香りを思い出させてくれる
この曲はその頃の僕といつも一緒にいる70年代の日本のフォークミュージックの典型の一つなのだ
  
 私に人生と言えるものがあるなら あなたと暮らしたあの夏の日
  
夏だけでなく春の朝にも秋の夕暮れにも冬の夜にも僕らはいつも一緒だった
その時々の匂いも香りも表情も風景も僕の体内のどこかにしまわれているはずだけれど
人生を一年に喩えればそれはほんの数日かあるいは数時間の出来事
それはだからやはり夏なのだ
  
夏の風に揺れた長い髪が運んだ季節の匂いと記憶の香り
そして 僕の視線が切り取った情景
そういうものたちが遥か向こうの時間の町で僕をみている
  
それはとても賑やかなざわめきと無鉄砲な安らぎとあった時間だった