新しい舟には、新しい水夫が乗るだろう
それにしても、監督が変わると、こんなにも違うものかと
つくづく思う。メデイアを通じてしかわからないのだが、
その範囲で伝わることだけでも、そう感じる。
監督のコメントからして、内容があるというか、いまチームがどんな状態にあるかが、見えてくる。こんな当り前のことが、
いままで(「お都並拝見」は傑作だったネ)よくわかんなかった。J2では反則レベルといわれるボルジェスには、得点王の期待(予感?)すらしてしまうもんね。
ともあれ、津波注意報のサイレンはもう聞きたくないのだ。
1993年、Jリーグにハマった。翌年、東北にもJリーグチームをとの掛け声で、東北電力サッカー部がファンクションを本気モードに切り替えた。
エジマール、エンリケ、そして鈴木淳を擁し、JFL昇格をかけて戦うブランメル(今でもいい名前だと思うよ)の誕生だ。
仙台とサッカーという組合せで、俺にもともとあった、nativeな「愛郷心」は一気にヒートアップした。
この強烈な一体感、帰属意識。いままでに、これだけのIdentityを持ちえたことがあっただろうか。
たかがサッカーで未来を語れるとは、なんて素晴らしいんだろう。感傷に浸れる物語を共有できるとは、なんて素敵なんだろう。未来を描くも軌跡をたどるも、2つの思いは、ココロの放物線の両サイドをガンガン駆け上がる。
時の座標を自在にサイドチェンジする奔放なサッカー、
そんなプレイスタイルで楽しんでいるんだ。
日曜の午後3時ごろだった。小学生の俺は、親父と一緒にNHK教育テレビの前に寝そべっていた。
なかなか点の入らないスポーツに退屈している俺を見て、親父は小城や杉山、ネルソン吉村などの名前を出し、サッカーの楽しみかたを語ってくれた。
ユニホームが同じに見える白黒画面の中で、選手たちは懸命に走っている。ボールは延々と、敵、味方の間を激しく行き来するだけのように見えた。
そして、一瞬エアポケットが生まれ、ゴールネットが揺れた。1点の清々しさ、尊さが、少しわかったような気がした。
それにしても、監督が変わると、こんなにも違うものかと
つくづく思う。メデイアを通じてしかわからないのだが、
その範囲で伝わることだけでも、そう感じる。
監督のコメントからして、内容があるというか、いまチームがどんな状態にあるかが、見えてくる。こんな当り前のことが、
いままで(「お都並拝見」は傑作だったネ)よくわかんなかった。J2では反則レベルといわれるボルジェスには、得点王の期待(予感?)すらしてしまうもんね。
ともあれ、津波注意報のサイレンはもう聞きたくないのだ。
1993年、Jリーグにハマった。翌年、東北にもJリーグチームをとの掛け声で、東北電力サッカー部がファンクションを本気モードに切り替えた。
エジマール、エンリケ、そして鈴木淳を擁し、JFL昇格をかけて戦うブランメル(今でもいい名前だと思うよ)の誕生だ。
仙台とサッカーという組合せで、俺にもともとあった、nativeな「愛郷心」は一気にヒートアップした。
この強烈な一体感、帰属意識。いままでに、これだけのIdentityを持ちえたことがあっただろうか。
たかがサッカーで未来を語れるとは、なんて素晴らしいんだろう。感傷に浸れる物語を共有できるとは、なんて素敵なんだろう。未来を描くも軌跡をたどるも、2つの思いは、ココロの放物線の両サイドをガンガン駆け上がる。
時の座標を自在にサイドチェンジする奔放なサッカー、
そんなプレイスタイルで楽しんでいるんだ。
日曜の午後3時ごろだった。小学生の俺は、親父と一緒にNHK教育テレビの前に寝そべっていた。
なかなか点の入らないスポーツに退屈している俺を見て、親父は小城や杉山、ネルソン吉村などの名前を出し、サッカーの楽しみかたを語ってくれた。
ユニホームが同じに見える白黒画面の中で、選手たちは懸命に走っている。ボールは延々と、敵、味方の間を激しく行き来するだけのように見えた。
そして、一瞬エアポケットが生まれ、ゴールネットが揺れた。1点の清々しさ、尊さが、少しわかったような気がした。