「ココ・アヴァン・シャネル」 見ました~♪ | みゅうじんな日常(European classic music life)

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クラッシック音楽(ピアニスト・コースオーガナイズ・イベントプロデュース)に携わる日々

昨日は、 久しぶりに(レッドクリフ以来ですが) 映画を見ましたよ~♪


ココ アヴァン シャネル  アンヌ・フォンテーヌ監督の フランス版(フランス語バージョン)です。


つい先日は(今もですが) 別の 「ココ シャネル」が上映されていますが、 今月17日から 公開の 


ココ アヴァン シャネル  の方を見ました。


休日とあって 前売りを買い早めにいきましたが 指定席は 前列を残すのみ、 ずっと 大画面を 見上げて の鑑賞で 首が痛くなってしまいましたが、


十分に楽しめた「作品」でした。


知らない事も多かったので ちょっと 意外な シャネルの 一面や 彼女の 「成功」への プロセスが なんとなく理解できました。


もう一つの 「シャネル」も 見てみたくなりました。


ココ アヴァン シャネル  では、 おもに1918年位までの アーサー・カペル(当時の恋人で支援者)の死までがメインで、それから後の晩年までは、記されていません。


ココ・シャネル  


『ウィキペディア(Wikipedia)』から


ココ・シャネルとは、


お針子仕事の傍ら、歌手を志してキャバレー で歌っていた「Ko Ko Ri Ko(コケコッコウ)」と、「Qui qu'a vu Coco dans le Trocadero(トロカデロ でココを見たのはだれ)」という歌の題名にちなんでつけられたもの。


その後芸能界への道はひと時あきらめ、この頃交際していた将校であるエチエンヌ・バルサンに伴われてパリ郊外へ移り、友人達の社交場となった彼の牧場で過ごす。退屈しのぎで制作していた帽子のデザインがそこで認められ、バルサンの援助により、1909年 、マルゼルブ大通り160番地で、帽子のアトリエを開業する。

1910年 に、パリのカンボン通り21番地に「シャネル・モード」という名で帽子専門店を開店。このときバルサンと別れ、同じ輪の中にいた、一生涯愛す人物となるイギリス人青年実業家アーサー・カペル との交際をはじめる。カンボン通りの店の開設資金はカペルの助力によるものである。

1913年 に、ドーヴィル に二号店を開店。翌年に第一次世界大戦 が開戦。1915年 、ビアリッツ に「メゾン・ド・クチュール」をオープン。翌年コレクションを発表し大成功を収める。ジャージー素材を取り入れたドレスが話題となる。

1918年 に、第一次世界大戦が終戦。カペルがわずかな期間であった政略結婚を悔やみ、ココと幸せになろうと決意した矢先、翌年にカペルは事故死してしまう。アーサー・カペルはココが生涯最も愛した人で結婚を切に願ったが、ココと共有していた上昇志向によって、カペルが政略結婚に対する欲望を持っていた為に、これまでかなわなかった。


その後は、

↓(こちらをご覧下さい)

ココ・シャネル  


そして、ともかく


「ココ・アヴァン・シャネル」オドレイ・トトゥさん は 「美しい」方でございました~♪

ココ・シャネル と いうか、、、、、

「 オドレイ・トトゥさん 」のようになりたい 「私」で ございました。。。。。<あら?!>


写真は、シャネル・モードの「帽子」、

「シャネル・モード」の帽子(1912年)

帽子作りから始まったシャネルの起業への道です。