最近、「明日は我が身」と思うような出来事が次々に起こっています。

 

例えば、アメリカの巨大テック企業や金融業界で、数万人規模の突然の解雇(レイオフ)が報じられています。

これは、長いキャリアを持ち、高い給与を得ていた人々が一夜にして職と収入を失い、瞬く間に貧困のリスクに直面する現実を示しています。

そして今、この不安定な経済状況の追い打ちをかけるように、アメリカの社会保障制度の根幹までもが揺らいでいます。

現在、アメリカで、約4,200万人もの命綱が断たれるかもしれないという衝撃的なニュースが流れているのです。

 

この国のSNAP(Supplemental Nutrition Assistance Program)、通称フードスタンプという食料支援制度をご存じでしょうか。

これは低所得者が専用カードで食料品を買うための制度で、子ども、高齢者、働く貧困層など、さまざまな人々の「食べる権利」を守る最後の砦となっています。

 

しかし今、この支援が止まるかもしれないという不安が全米を覆っています。そこには、「福祉なんて無駄だ」と切り捨てる政治の考え方と、国民の命綱を交渉のカードのように使おうとする冷たい思惑が、複雑に絡み合っているのです。



冷え込む財布と心:豊かな国で「飢え」が現実になる時
10月の終わり、アメリカでは急に空気が冷たくなりました。
でも冷えたのは気温だけじゃありません。
今、YouTubeやTikTokなどSNS上では、この危機を訴える生々しい動画が拡散されています。
4,200万人もの人が頼りにしている「SNAP(フードスタンプ)」という食料支援が、11月1日から止まるかもしれないというニュースが流れたのです。


それはまるで、誰にも知らせずに突然電源が落ちるような感覚。
ある動画では、ペンシルベニア州の福祉事務所の職員だと名乗る人物が、静かにメールを読み上げました。

彼らが静かに読み上げたメールの内容は、


「政府の閉鎖が続けば、給付は行われません」


その一文が、どれだけ多くの人の心をざわつかせたか。


「今、かなりまずい状況です」
別の動画で語る人々の声には、不安と怒りが混ざった焦りがにじんでいました。
粉ミルク1缶が60ドル(約9,098円)になる現実。WICという母子支援も危機に瀕している。
これはただの予算の話じゃない。
「飢え」という、人間が本能的に恐れるものが、豊かなはずの国で現実になろうとしているのです。

「自己責任」という言葉が、福祉を遠ざける

この事態を見て、人々はさまざまな声を上げています。


「飢えた人は危険になる」
「歴史を見れば、飢えた人々は革命を起こす」


食料が手に入らなくなった人々が暴動を起こすかもしれない。
それが「非常事態宣言」につながるかもしれない。
そんな不安が広がっています。


そして、もっと恐ろしいのは、人々が「生き延びるためのモード」に入ったときに起こる変化です。
動画の中では、「あなたの食料庫に、隣人がやってくるかもしれない」という言葉がありました。
それは、普段は挨拶を交わすだけの人が、非常時には食料を奪い合う“敵”になるかもしれないという、究極の恐怖です。
公的支援が途絶えたとき、社会の秩序は一気に崩れ、サバイバルの世界が現実になる可能性があるのです。

ゾンビ映画でもよく描かれるように、最終的な恐怖は“ゾンビ”そのものではなく、極限状態に置かれた人間同士の争いなのです。
食料や安全をめぐって、隣人が敵になる。そんな状況が、現実に起こり得るかもしれない。


この危機の背景には、福祉に対する政治の考え方があります。
アメリカでは、「小さな政府」や「自己責任」を重視する勢力が、福祉を「働く意欲を奪うもの」「税金の無駄」として、削減しようとしてきました。
彼らにとってSNAPやWICは、できればなくしたい制度。
今回の給付停止も、「本当に必要な人だけに絞るための手段」として正当化されかねません。
福祉を「命綱」と考える人と、「無駄」と考える人。
この深い考え方の違いが、福祉を政治の駆け引きの道具にしてしまっているのです。



経済にも広がる影響:福祉は社会の土台
この問題は、支援を受けている人だけの話ではありません。
アメリカのスーパーは、SNAPによる売上に大きく頼っています。

給付が止まれば、感謝祭に向けて仕入れた食料が売れ残り、農家からお店まで大きな打撃を受けます。


「たった1ヶ月止まるだけで、経済がどれだけ傷つくか考えてみて」


福祉が、実は経済を支える大きな柱だったという皮肉な事実が見えてきます。
 

「政府に頼るな」「自分で働け」という声と、「高齢者や子どもたちが困っている」という声がぶつかり合っています。


世界一の経済大国なのに、何千万人もの人が、わずかな支援に命を預けている。
その現実が、アメリカの光と影を映しています。


日本に暮らす私たち:「明日は我が身」の危機感
この話を「遠い国のこと」として見るのは簡単です。
でも、日本もまた、物価の高騰や不安定な働き方が増え、社会の弱さがじわじわと浮かび上がってきています。
そして、「福祉は不要」「すべては自己責任」といった声が、政治の中で力を持ち始めているのも事実です。


今回のアメリカの危機は、私たちにも大切なメッセージを投げかけています。
それは、「自己責任」を極端に進めると、セーフティネットが壊れ、社会全体が大きな代償を払うことになるという警告です。公的な支援は、社会の土台です。 それを切り捨てることは、飢えを生み、経済を滞らせ、最終的には治安の悪化を通じて、福祉を受けていない人々の暮らしまでも不安に晒します。

 

失うものが何もない人、いわゆる「無敵の人」が増加するのです。 

「無敵の人」は無敵なので、殺人や窃盗をしても、自分にはもう何もダメージがないと感じています。 

このような存在が増えることこそが、社会全体の治安と安心を根本から破壊します。


私たちは、「自己責任」という言葉の裏に、生活を政治の道具にしてしまう危うさがあることを、ちゃんと見つめる必要があります。
そして、「自分で頑張ること」と「みんなで支え合うこと」のバランスを、もう一度考える時が来ているのかもしれません。


公的な支援は、社会の土台。


それを守ることが、私たちの未来と安心を守ることにつながるのだと思います。

 

そして何より、「明日は我が身」だということを、私たちは忘れてはいけません。


今は他人ごとに見えるかもしれない出来事が、明日には自分や大切な人の暮らしを脅かすかもしれない。
あなたの生活を、静かに切り捨てる政治家がいるかもしれない。
だからこそ、私たちは政治を「任せきり」にせず、しっかりと目を向け、声を上げ、監視していく必要があるのです。


社会の土台を守るのは、誰かではなく、私たち一人ひとりの意識と行動。
そのことを、今こそ心に刻みたいと思います。