今日も自分クリエイター部門から
自分軸に絡めた記事になります
少し前に
フランス人は雨でも傘をささない
そんな話題をテレビでやっていて
スタジオ内が驚いてたけど
私、一瞬、何が問題なのか
全然わからなかったのよ
私は基本晴れオンナだから
(脳みそが、じゃないよ)
あまり出番がないってのもある
でもフランス人じゃないけど
雨でもほとんど傘はささない
だから
普通だけどな、と思ってた
そしたら隣にいた夫が
雨降ったら傘をさすのが普通
傘をささずに歩いてたら
変わり者って思うと言ったんよね
なぜ? と私
雨だから、と夫
逆になぜ傘ささないの?、と夫
濡れるのは別に嫌じゃないし
逆に手が塞がるのは嫌だし
傘を持ち歩きたくないからかな、と私
最初、珍獣でもみるような目つきで
私を見てたけど
夫はおもむろに理解したようだ
なるほど
嫌じゃないんだ、と言った
雨だから傘をさす
雨が降ってるから?
濡れるのが嫌、じゃなくて?
その違い、大きいよね
で、翌日、お買い物に行ったとき
小雨がパラパラしてきたの
夫は
傘をささずに歩いてみる、と言って
意外と気にならないねって笑った
ガッチガチの夫が少し緩んだ
さて、もし夫の母だったら
傘をささない夫になんて言うだろう
夫が根負けするまで
なんで、なんでってしつこいだろうな〜
今日の話題
なかなか深いよね
親が作り出す世界線と刷り込み
何が良い悪いではないけどさ
それしかない・ねばならない、は
自分軸が弱くなるよね
たまに
夫ではなく義母と対峙してるような
そんな感覚になる時があるわ・・・
※ちなみに
知り合いのフランス人は
普通に傘さします