何となく書きたくなったので書きます。。



9年前のある日。
高校生の私は学校から帰ってきて,風邪っぽかったので熱を測ったらやっぱり熱があって,その晩は市販の風邪薬を飲んで寝てました。
翌朝,目が覚めて,熱を測ったら解熱していて喜んでいました。
しかし,トイレに行って目を疑いました。
肉汁のような真っ赤な尿が出ました。
怖くなったけど,信じたくなくて…
少しして,もう1回トイレに行きました。
やっぱり同じでした。
今まで生きてきたなかで最も衝撃的なできごとでした。
自分は死ぬんじゃないかって思いました。

翌日,病院に行ったら,「急性腎炎だから,1週間で退院できるよ」と先生に言われました。
その言葉を信じてたけど,なかなか退院の話も持ち上がらず,腎生検をするということになりました。
初めてオペ室に入りました。
怖かった。泣きました。

そうして生検の結果が出て,退院できることになったのだけれど,
その頃の私には“IgA腎症”という病名が付いていました。
15歳の秋でした。


それからは塩分減らしたり,食事には気を付けました。
風邪も引かないようにと,人一倍注意していました。



2年後。
進路を考える時期になったけど,
自分の身体と向き合わなくてはならないことは分かってはいたけれど
やっぱり看護の道に進みたくて
親に反対されても
気付いたら
この道に進んでいました。

けれど
もともと努力という言葉とははかけ離れた人だったこともあり
または身体のこともあったのかな?
気付いたら2年も浪人してしまいました。

その間,扁桃腺摘出術を勧められ,痛いのは嫌だったけれど頑張って受けました。
それからは調子が結構良くて,風邪も引かず,成績も良好で,香川の大学に合格して,浪人生活にピリオドが打てました。




大学生活は,自分が思っていた生活ができず,自分でも不健康な生活を送っていたと思う。

それなりに遊んだ。
お酒の味も覚えた。
食事もてきとーで。
風邪もたくさん引いた。
自分はみんなと違って病気を抱えているけれど
友達と同じように
大学生を楽しんだ。

それでも私の身体は何故か寛解に向かっていった。
今は尿検査にも引っかからないくらいだ。


4年生の夏。
就職も病気の私を悩ませた出来事だった。
だけど,そんな悩みとは裏腹に
今の病院はそんな私も受け入れてくれていて
こんな私でも看護師として働かせてもらっています。
とても感謝しています。


私は自分の病気について周りには,あんまり隠したくない。
そりゃ,隠すときもあるよ。
でも。きっと…
聞かれたら話す。
そんな自分の姿も受け入れてほしいって思うから。


私はIgA腎症という病気から,たくさんのことを学んだ。

何年,何十年先のことよりも今を楽しみたいし,今を大切にしたい。

でも,今はそんなに悪くはない状態だから,こんな自分勝手な生活ができたり,自由に生きていけてるのかもしれないね。

だけど。最近。色んな若い患者さんに関わる機会も多くなってきて,すごく考えさせられます。
私と同じような思い持ってるのかな?ってたまに感じる。

みんなと同じようにしたい
自分は大丈夫

でも本当は
病気のこと
不安なんだよね


私より大変な病気の患者さんもたくさんいる。
私なんかじゃ役不足かもしれないけれど
そんな患者さんたちの気持ち,分かってあげたい。
一緒に考えてあげたい。
私なんかにできるかは分かんないけど,今の私にできることから頑張ってみようと思います!

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