わんこの言葉 | 日々のできごと

わんこの言葉

そういえば、じゅんもには


どんなものにでもアテレコしてセリフをつけちゃう


というクセがある。



だから、つい、周りの人にも

「ポールが○○って言うんだけど・・・」とか

「パスカルは今日△△って言ってたよ」

なんて話してしまう。


もちろん、しょっちゅう、わんこに話しかけてる。


パスカルなんかは、いかにも 「聞いてます」という顔をして

本当に話を(理解して)聞いているように見える。


長年家族として一緒に暮らしていれば、

お互いに思ってることが伝わってるなあ~と

感じられるものだし。


じゃぁ、家族の一員として可愛いがられ、頭も賢いわんこならば、

言葉を理解することができるのかな?



実験1


わんこ達(5頭)全員「おすわり、まて」をさせておき、

1頭だけ、名前を呼んで、呼び寄せることができるか?


厳密に実験できてないのだけれど、

日ごろの生活の中で、結果は容易に予想できる。


「誰を呼んでも、全員来る。」



実験2


パスカルに、色々な別の名前で呼びかけてみる。


この結果は、


「なんと呼んでも、こちらを向く。」 


「パスカル」と音が似ている「ラスカル」や「オスカル」はもちろん

結局「オードリー」でも「ポール」でも「スットコドッコイ」でも彼は振り向く。

音を発している飼い主に対して注意を向けているだけなのだ。



これは、じゅんもの見解なんだけれども、


やっぱり、わんこには「言葉を言語として理解する能力」は

無いんだと思う。


しかし、「言語」としてではなく、

一種の 「サイン」 としてならば、十分理解することができるし、

わんこの方からも、「サイン」を発することはできる。


「言葉」の範囲を「言語」から「サイン」へ広げると

今度は、わんこの方がむしろ人間よりも

理解の能力は高いと言えるのではないか。


口という器官から発せられる音、だけでなく、

全身をくまなく使って 「サイン」を発することができる。


結果、「サイン」を日本語に翻訳すれば

「言葉は通じる」ということになる。



というわけで、

ウチのわんこ達のサインの一例


「口の周りをなめる」

  これは、「ごはん」 もしくは 「食べる」


ペロリとやって小首をかしげれば 疑問形。 

「ごはん まだ?」 「ごはん ですか?」


食べかけでペロリならば、過去形。

「食べました」  という具合。


他のサイントの組み合わせもある。


「クゥン」と鳴くか、そっとこちらに触れてくるときは

 「ください」


ペロリ、クゥン で、 「食べる ください」 = 「食べたい」


前足を床に「トン」 または 肩を下げる

 「早く」


この、「早く」なんかは変化もある。

後ろ足でぴょんと立てば比較級「もっとはやく」

すばやくくるりとまわれば最上級「一番はやく」


ペロリ、トン で、 「早く 食べる」 = 「早くちょうだい~」 になる。


鼻先でチョンと触るのは

 「これ」


ゆっくりと立ち去る は

 「興味がない」 


ペロリ、チョン、立ち去る ならば 「食べる これ 興味ない」

つまり、「お腹いっぱいです」



わんこのボディランゲージとか

鳴き声から翻訳するバウリンガルなどと、

何が違うの?ということになるけれども、


じゅんもが言いたいのは、

「わんこが自然にする動作、一般にどのわんこでもする動作」

ということではなくて、


わんこが、「飼い主の反応を見て」そのサインをサインとして決めた

というところ。


野球の監督がバッターにサインを送るように、

取り決めたものの間のみに通じる動き、と言ってもいいか。


しっぽを振ったらよろこんでいるとか

目を細めたら気持ちがいいとかという

自然発生的な動作ではなく、


「伝える」という意思をもって、意識的に行われてる動作。


長く飼っているほど、この「サイン」は種類が増えて

飼い主とわんこの間に 

まるで 「会話」 が成り立っているかのようになる。


人と人とが「言語」をもってコミュニケーションしているのとは

全く違った形ではあるけれども、

立派な「コミュニケーション」 成立。


この違った形のコミュニケーションは時として

「言語」を越えることがある。


わんこと暮らして楽しい、幸せと感じる究極は

この部分。

こちらも新しいコミュニケーション形態をひとつ身につけられるというわけ。


「賢い犬を飼うと、人も成長する」 なんてね♪