音楽にまつわる思い出~その9 | 日々のできごと

音楽にまつわる思い出~その9

中学時代の音楽の経験といえば、もうひとつ。


創立5年目の新設校ながら、

徹底した管理教育で、近隣でも有名だったその中学校で

とても力を入れていたのが、 「合唱」


クラスごとに、毎朝、毎夕、たぶんお昼も、歌う。


行事のたびに、歌う。



入学して、すぐに指揮者に指名された。


理由があったのかどうか、

最初だから、先生が指名しましょうといって、わたしが指名された。


最初の曲は 「翼をください」



それから 3年間、 クラス替えがあっても ずっと指揮者だった。



強制的に合唱させられるクラスメートにとっては、

合唱 = 音楽 などではなかった。


掃除や、ホームルームとおなじ、

学校生活の中の、つまらない部分の一角。


その集団の指揮を任されるということは

要するに、クラスの最も嫌な仕事を押し付けられたということにすぎない。



ちゃんとした発声法も習わず、


変声期にある男子生徒たちは

無理やり大声を張り上げ、

女子生徒は、その大声に負けじと、嬌声をはりあげ、


より大声を出した者ほど、褒められた。


音程という観念は、ない。


リズムという観念もない。



この「合唱」をリードするのは、実は伴奏者で、

栄誉ある伴奏者に選ばれた、ピアノの上手な女子生徒が

気の向くまま、好きなように弾く伴奏に合わせて

指揮者は、手を振る。

あんなものは、音楽ではなかった。



ホントに、まじめだったわたしは、


なんとか、音楽を奏でたいと


悩んだし、研究したし、練習したし。


伴奏のご機嫌をとり、

楽譜の読み方を黒板に書き、

歌ってみせ、踊ってみせ。


うるさがられて、疎まれて、無視されて・・・



特に3年生での合唱活動は、ものすごくて、


修学旅行の際には、東京の上野公園をはじめ、

そこらじゅうで、合唱~~ 


そういった活動が、どんなに素晴らしい思い出となったか、

すっかり洗脳されたクラスメートたちは語り合っていたけれど、


わたしにとっては、


ひどい、みじめな思い出。


吠えあう中学生の前で、

一人、ラジカセから流れる伴奏に合わせて手を振るわたし。

馬鹿げた茶番を、まるでわたしがさせているようだ。


音楽が好きだった気持ちを、無残に踏みにじられて


こんなものは音楽なんかじゃない!


本当はそう言いたいのに、それを率先してやらされる辛さ。



そして、最後にやってきた出来事。


卒業式。


卒業式では、3年生が 「筑後川」 という合唱組曲を披露する決まりだった。


----

その10へつづく