#8
私は自分で自分を騙していたことに
気付かされました😨
動画を見て今よりも自分を改めていこうと思いました😥
周りを見て自分はまだましな方だと
思っている事は「錯覚」でした🥹
もっといえば「自惚れ、慢心」です😓
人と比べた時点でアウトです👍
昨日や数分前など過去の「自分」と比べなければならないと受け止めました🙏
私も自分自身のことはよく見えてると
思ってましたがそんなことはなかったのです。
人って人のことは色々見えるけど自分のことが1番見えないことがよく分かる動画でした🤯
自分を1番騙してるのは「自分」であること💡
周りが大変なことになったら中「自分は大丈夫」となぜ思える?
明日生きてるってなぜ思える?
常に「明日死ぬかもしれない」精神で
日々生きなければ。
もっと真剣にならなければ。
もっとあたりまえはないと思わなければ。
という思いになりました😣
動画の中に「四顛倒の妄念」(してんどうのもうねん)という言葉がありました。
四顛倒→凡夫(人間)の間違った考え。
(妄)→(正)
①常(変わるものはない)→無常(なんでもどんなことでも常に変わる)
②楽(人生は楽しい)→苦(人生は苦しい)
③我(存在している)→無我(因果があるけどそのもの自体を根拠づける不変的な本質は存在しない。)
④浄(自分は清らか)→不浄(自分は清らかではない)
この項目のほとんどは10〜20代の頃は「妄」部分しか持っていませんでした💧
今なら「自分で自分を騙していた😱」ということに気付けました。
というより、真実を見たくなかった、見る勇気がなかった、真実を見て落胆したくなかったというのが本当かもしれません🫣💧
そして今、この間違った思い、考えを持ったままでも「本当の幸せになれる道」阿弥陀仏の本願、仏教の教え、親鸞聖人の存在を知り、その教えがどういったものなのかを知りたいと思い菊谷隆太さんの動画を通じて仏教を学び始めました🙏
まだまだ分かっていない、理解できていなことがありますが、こらからも学び続けていきたいと思います🥹
仏教を初心者です。
仏教を学んでいる先輩方からは
ご指摘があるかと思いますがその時は、
色々と教えていただきたいと思います🙏
〈結びに〉浄土真宗.jpより引用
・仏教は聴聞に極まる。
・「心源もし徹しなば、菩提の覚道何事か成ぜざらん」
初心を忘れず、貫いたならば、できないことが何かあるだろうか、必ずできる、という意味。
・「ただ仏法は聴聞に極まることなり」
仏法は聴聞に極まる。
・「極まる」聴聞一つで、信心獲得できると教えられているそうです。
ありがとうございました🙏
※参考動画(仏教に学ぶ幸福論by菊谷隆太)より
