

ドラマ「二十五、二十一(스물나섯, 스물하나)」全16話、見終わりました〜
1年以上前に見終わっていたんだけど・・・
1998년, 세상이 통째로 흔들리듯 불안하던 해, 스물둘과 열여덟이 만났다. 둘은 서로의 이름을 처음 불렀다. 스물셋과 열아홉이 되었고, 둘은 의지했다. 스물넷과 스물이 되었고, 둘은 상처를 냈다. 스물다섯 스물하나가 됐을 때, 둘은 사랑했다.
1998年、世の中が丸ごと揺れるように不安だった年、22歳と18歳で出会った。 二人はお互いの名前を初めて呼んだ。 23歳と19歳になり、2人は頼った。 24歳と20歳になり、2人は傷ついた。 25歳と21歳になったとき、二人は愛した。
시대를 막론한 영원한 스테디셀러, 청춘. 비록 지금의 청춘이 입시와 스펙, 학자금 대출과 취준생 같은 이름으로 사회면에나 자주 등장하는 단어가 됐을지언정 나도 당신도, 모두가 청춘을 사랑한다. 청춘인 자들도, 청춘을 앞둔 자들도, 청춘을 지나온 자들도 하나 같이 청춘을 동경한다.
時代を問わない永遠の定番、青春。 たとえ今の青春が入試とスペック、学資金融資と就活生のような名前で社会面にだけよく登場する単語になっても、私もあなたも、皆が青春を愛している。 青春真っ盛りの人たちも、青春を控えた人たちも、青春を過ぎてきた人たちもみんな青春に憧れる。
왜일까. 청춘이 매력적인 근본은, 남아도는 체력에 있다.
무언가를 좋아할 체력, 좋아하는 것에 뛰어들 체력, 뛰어들었다가 실패하고 좌절할 체력, 그 와중에 친구가 부르면 나가 놀 체력, 그래놓고 나는 쓰레기라며 자책할 체력.
유한한 체력을 중요한 일들에 신경 써서 분배할 필요가 없는 시절, 감정도 체력이란 걸 모르던 시절, 그리하여 모든 것을 사랑하고 모든 일에 아파할 수 있는 시절. 그 시절의 우정은 언제나 과했고, 사랑은 속수무책이었으며, 좌절은 뜨거웠다. 불안과 한숨으로 얼룩지더라도, 속절없이 반짝였다.
なぜだろうか。青春が魅力的な根本は、残る体力にある。
何かを好きな体力、好きなものに飛び込む体力、飛び込んで失敗して挫折する体力、そんな中で友達が呼べば出て遊ぶ体力、そう言っておいて私はゴミだと自責する体力。
有限な体力を重要なことに気を使って分配する必要がない時代、感情も体力だと知らなかった時代、そしてすべてを愛し、すべてのことに苦しむことができる時代。 その時の友情はいつも度を越して、愛はお手上げで、挫折は熱かった。 不安とため息に染まっても、あっけなく輝いた。
이 드라마는 '청춘물'할 때 그 '청춘'. 우리 기억 속 어딘가에 필터로 보정해 아련하게 남아있는 미화된 청춘, 우리가 보고 싶은 유쾌하고 아린 그 ‘청춘’을 그릴 것이다. 살벌하게 불태웠다 휘발되는 이야기 말고, 천천히 적시다 뭉클하게 새겨지는 이야기가 될 것이다.
그 여름은 우리의 것이었다.
このドラマは「青春もの」の時のあの「青春」。 私たちの記憶の中のどこかにフィルターで補正してかすかに残っている美化された青春、私たちが見たい愉快で美しいその「青春」を描くだろう。 殺伐と燃やしたり揮発したりする話ではなく、ゆっくり濡らしてじんとくる話になるだろう。
その夏は私たちのものだった。
(HPより引用)
予告動画はこちら。
経済危機に揺れた1998年を背景に5人の若ものを描いたヒューマン青春ストーリー。
キム・テリさんがナム・ジュヒョクくんより実際は4歳も年上のなのにドラマの中では全く違和感なく年下だと思って見ていました〜。
娘がお母さんの日記を見つけ読み始めるところから始まります。
主人公ナ・ヒドが青春を捧げたフェンシング、そして恋。
娘が読んでいる日記が当時の回想シーンを交えてストーリーが進んでいきます。
(IMF通貨基金)時代に翻弄されながらも夢を追い、友情&恋愛の甘酸っぱさが詰まったいいドラマでした。
娘のお父さんが「彼」ではないことは苗字からわかってはいましたが、視聴者は恋愛成就を願いながら見ちゃっていた気がします
切ないけれどとても描写も綺麗で丁寧に描かれていたドラマだな〜と思います。