ドラマ「医師ヨハン(의사 요한)」全16話、見終わりました。



지금까지 메디컬 드라마는 환자를 ‘살리는’ 의사들의 이야기였다.

당연하다. 의사는 환자 살리는 직업이니까.

우리가 아는 의사의 일이란 환자를 살리는 것까지였으니까.

환자의 숨이 끊어지는 순간, 즉 죽음은 그들의 영역이 아니었다.


今までメディカルドラマは患者を 「生かす」医者たちの話だった。

当然だ。医師は患者を助けるのが職業だから。

我々が知っている医者の仕事というのは患者の生命を助けることまでだから。

患者が息を引き取る瞬間、つまり死は彼らの領域ではなかった。





하지만 이제는 다르다.

끊어진 숨을 얼마든지 이어붙일 수 있게 되었다.

삽관, 투석, 인공심폐, 온갖 화학치료, 연명치료, 집중치료...

의식이 없어지고 신체 기능이 정지해도

눈부시게 발전한 현대의학이 할 수 있는 일들은 너무 많다.


しかしこれからは違う。

終わりそうな命をもいくらでも続けられるようになった。

挿管、透析、人工心肺あらゆる化学治療、延命治療、集中治療・・・

意識が消えて身体機能が停止しても発展した現代医学でできることがあまりにたくさんある。





어느 시점에 멈추고 죽음을 받아들여야 하는지, 아무도 모른다.

그러나 의사는 알아야 한다.

고통만 연장시킬 뿐인 의료행위를 언제 끝내야 하는지,

그리하여 언제 환자의 고통을 끝내줄 것인지.


ある時点で止まり、死を受け入れなければならないのかは誰にもわからない。

それでも医師はわからなくてはならない。

苦痛を伴いながら長引かせるだけの延命治療にいつ区切りをつけなくてはならないのか、

そしていつ患者の苦痛を終わらせなくてはならないのかを。




환자를 ‘죽이는’ 의사들의 이야기가 아니다.

살리지 못한다면, 낫게 하지 못한다면 적어도 고통스럽지 않게 해주기 위해

최선을 다하는 의사들의 이야기,

우리 몸을 괴롭히는 통증의 원인을 마치 범인 잡는 수사관처럼 찾아내는

통증의학과 의사들의 이야기다!


患者を「殺す」医師の話ではない。

生かすことができないのなら、治せないのなら少なくとも苦しくないようにするために最善をつくす医師の物語。

自分の体をを苦しめる痛症の原因をまるで犯人を捕まえる捜査官のように捜し出す(麻酔)痛症医学科の医師の話だ。

(HPより引用)





久坂部羊氏の「神の手」を原作にする作品です

尊厳死(安楽死)の是非を考えさせる作品でした

そしてこのドラマを見て初めて「先天性無痛症」「先天性無痛無汗症」という病気があることも知りましたし、日本に多く患者さんがいることを知りました。

痛みを感じないということはどこが痛いかがわからないことであり、病気の発見も遅れ、人に自分の症状を伝えられないので周りの人もどうしていいのかわからないし、心配や苦しさがあるということなのですよね。




チソン演じる医師ヨハンは本当の意味での苦しさや痛みがわかる医師でした。(「ニューハート」の時以来ですね。今回も素敵なお医者さんでした。)

最初は天才医師なのかと思いましたが、ドラマ中盤で今まで発していた言葉や仕草はそういう意味だったのかとわかりさらに引き込まれたドラマでした。



私はチソンを起訴した検事役を演じたイ・ギュヒョンさん目当てでドラマを見始めたのですが、彼自身の気持ちが変わって行く様がとても伝わり良かったと思いました。

正論ではそうだけど、でも当事者になった場合、その選択肢もあるのではないかなと思えること。




私個人的には尊厳死に関しては反対派ではないので、ドラマ序盤の刑に疑問を感じていたのですが、罪を生きて償うという遺族の観点からしたら(生きてというより苦痛をもっと味わってってことだったんだけど)尊厳死に反対したのだな〜とあとでわかりました。


尊厳死に関しては選択肢の一つとしてありだとは思いますが、やはり医師は命を助けることが第一の使命であり、チソンが言っていたように尊厳死ばかりになってしまうと治す努力や希望を持たない医師が増えてしまう、というのも事実かもなと思いました。



なかなか今までの医療ドラマと違い手術シーンよりも心に寄り添っている医療ドラマであり、重いテーマながらもそれぞれの苦痛と苦悩と葛藤が描かれていていいドラマだったと思います。