すでに多くの状況変化があったため、とりあえずのアテンディングに状況報告をすると共に最後の患者受け入れについて相談することにした。
さてこのアテンディング、我々フェローにとっては最も扱いづらい人で、状況を全て把握していなければ気がすまない上に、独特の世界観を持っているためこちらフェローにとっても先が読めない。
とりあえずこれまでの状況を告すると、報告が遅い!内科患者の受け入れを独断で断ったのは許されない!!といきなり先制パンチを食った。
この厳しいベッド状況で内科系患者の受け入れは到底難しいと判断しましたと弁解したがもちろん聞く耳は持たず。。
そして、受け入れできなかった産婦人科の子宮がんの術後患者が術後におり、Step down unitにもう一人へ入室しなくてはいけない患者がいることを報告すると今度は無理難題をふっかけてきた。
心臓血管外科や術後ICUでの管理は信用できないから二人ともに収容せよというのだ。
満床のSICUで転送させられそうなのは一人だけ、その一人も後方病棟にベッドを確保できず日もICUに足止めを食っている患者。病床管理がベストを尽くしているものの転送が難しいことを説明したが当然聞く耳は持たず、そんなことは聞きたくないからすぐに自分でベッドを確保しなさい!と。
しかも与えられた猶予はわずか分、10分後に電話をかけ直すからそれまでに問題解決せよというからたまったものではない。
仕方なく患者の管理はレジデントに任せ、後方病棟へベッドを確保するために直談判へ向った。
しかし、なにせ満床状態が恒常化している後方病棟のこと、ベストを尽くしたものの確保できたのは何とか1床。
電話でその旨を話したところ、もう1床と言い出したのでたまらずこれが自分のできる限界、後は自分で勝手に探してくださいと最後は言い切った!!
するとこのアテンディング、口は出るが手は出さないことで有名な人らしく、結局この後自分で手を汚すことなく後の床はあきらめた。
こうしてすったもんだの末になんとかの患者をSICUに受け入れた時点で、アテンディングとのすったもんだは終了。
夜中にこっそり術後にいた患者も見に行き、すでに抜管されICU入室の必要はないことを再確認した。この後、夕方から溜まっていた入院カルテやコンサルテーション記録を書き上げているうちにすでに朝の5時を迎えていた。
朝の5時をまわると、今度はダメ押しのように外科のチーフレジデントが末梢点滴が取れないから手伝ってくれとにふらっとやってきた。
イヤとも言えないし、これが最後の当直と思いきり後方病棟へ向った。
患者は若年の肥満女性、すでにあちこちに針で刺された跡が残されており、患者も神経質になっていた。
超音波を使いながら二回目のトライでなんとか点滴確保に成功、この間患者は罵詈雑言を繰り返すためにさらに疲れは倍増した。気が付くと窓の外はすっかり明るくなっており、新しい朝を迎えていた。
朝時を過ぎると、昨夜のすったもんだがウソだったかのようにSICUのアテンディングが爽やかな顔をして登場した。
何のめぐりあわせかわからないが、手のひらを返したようによくやってくれたとべたぼめをするから気味が悪い。
どうやら昨晩の怒りの矛先を他科や他のICU、それに病床管理の人々に向けたらしく、SICUに来る前にもドンパチやってきたらしい。
このアテンディング、実は月からSICUのチーフディレクターに就任することが決まっており、最近とみに力が入っているようなのだ。彼女が就任する前に卒業できてよかった、、そして2年間にわたるの最後の当直はこうして終わりを迎えた。
一日中ひたすら点滴を入れ続けたラインサービスの看護師ペルラス(写真)と働くことも今後二度とないのかと思うと妙に感傷的な気分になった。しかし、こんなに過酷な勤務と職場は今後二度と巡り会わないだろう。