お久しぶりです。

気付けばあっという間に時間がたってました。

毎日、授乳して、抱っこして、長男を叱って、次男をなだめて…。

そんな日々の繰り返しで、記事更新したいなぁと思いながらもなかなか手をつける心の余裕がありませんでした。

 

でも、これについては、どうしても書いておかないと、と思ったのです。

 

連日報道されているあの、事件です。

 

19人の方の命が犠牲となった…。

 

考えただけで恐ろしいです。

自然災害でもなく、事故でもない。

 

ある一人の人間の意志による殺人。

 

しかも、無差別ではなく、被疑者としては「きちんとターゲットを絞った」殺人…。

 

その行為には憤りを感じると共に、恐ろしさが止まりませんでした。

 

自分が「死にたいから死刑になりたい」なんていう自分勝手な理由で無差別殺人を起こした犯人ももちろん許せないですが、被疑者の中にある、「あの人たちを殺さなければならない」という考えが恐ろしい。

 

しかも逮捕後の供述から察するに、被害者の方々への反省というか、謝罪の気持ちというのは一切ない。

ご遺族に対しては「突然のお別れをさせてしまったことを申し訳なく思っている」との言葉…。

被害者の方々に対しては「達成感」しかないんだろうと思う…。

 

それが本当に怖い。

テロを起こし続ける人たちの考え方となんら変わらない。

 

自分の中の正義を貫くためなら、法律なんて関係ない。

 

これって本当に怖いことだと思う。

 

ここから、ちょっと不快な思いをされる方が出るかもしれないようなことを書くので、そういう気持ちになられたらごめんなさい。

でもこのブログでは自分の思ったことを正直に書くと決めているので、書きます。

 

今回の事件を受けて、私が不安に思っている事が二つあります。

被疑者の考え方について報道されればされるほどに、

「この被疑者の考えに同調する人が現れるんじゃないか」ってことです。

 

某テロ国の考え方に同調して、自国を飛び出していく人がいるように。

 

「自分もうすうすそういう風に思っていたけどやっぱりそうだよね!」

と思い始める人がいるんじゃないかって。

 

もちろん、アタシ自身はこの被疑者の考え方に賛同する気はないです。

でも、一人では生きていくこともできないような人に、税金を使うのは無駄だとか、生きてることが無駄だとか、口にしないだけで、心の中では思う人がいるのも事実なんだろうな、と思うのです。

 

これは、このブログでも散々書いてますけども、考え方は人それぞれだし、そもそも善悪の判断なんて、多数がどっちに賛成するかによるものだと思っているので、いつひっくり返ったっておかしくない話だと思っているんです。

 

今でこそ、弱者には優しく、という世の中ですが、元来は弱者は生きていけなかったわけだし…。

 

この被疑者は、おそらくですが、正しいことをしたとしか思ってないでしょう。

むしろ自分が殺すことで救ってやったと思ってるかもしれないです。

 

重要なのは、それに対して、きちんと「反論」できるかどうか、だと思ってます。

それは正しくないんだ、と。

「なんで殺しちゃいけないの?」の話になってくると思うんですけど、「それが常識だから」「法律で決まってるから」という理由ではなくて、「あなたは死んだ方がいいと思うかもしれない人でも、生きていてほしいと思う人がいるから」という話を、ちゃんと伝えられるかどうか。

 

それが一つ。

もう一つは同様な症状を持つ家族がいてその介護に苦しんでいる介護者が、「殺してもいいんだ」「殺せばいいんだ」と思わないかってことです。

 

もちろん、多くの人はそんなことは思いもしないと思うのですが。

過去にいろんな人の話を聞いた経験や、事件簿をたどってみると、ゼロではないんだろう、と思わざるを得ないのです。

 

ましてや、重い障害をもつ方の場合、本当に見るのもつらいような状態となってしまっている場合もあるようで…。

今回の現場となってしまったところがそうだったのかどうかはわかりませんが、症状を抑えるために、どんどん強い薬を使わざるをえなくて…という悪循環があったりもするそうです。

 

人はみんな、本音と建て前、本能と理性のはざまで生きていて。

アタシ自身、どんなにかわいいかわいい、と思っている子どもでも、時にはなんでこんなに泣きわめくんだろうと逃げ出したくなる時もある。

なんでもそうかもしれないけど、介護の苦しさっていうのは、やってみないとわからないつらさだと思う。

前にも書いたけど、出口が全く見えないトンネル。

対象者を誰か別の人間(そういう場所)に預けるか、対象者が亡くなるまで続く。

苦しくなったときに、預けられる環境であればいいけど、そうでなかった場合…。

 

慈しみの心が憎しみに変わるかもしれない。

 

今回の事件を知った人が、何かのタガが外れたようにならなければいいと思う。

 

もちろん、今回の被疑者が飛びぬけておかしかった、と言ってしまえばそうなんだけど。

 

そういう不安を感じてしまうので、テレビでの報道はもうやめてほしいとも思う。

特に今は夏休みで昼間の番組を子どもがみることもあるし・・・。

 

ただ、今回の事件でやっぱり「事が起こらないと警察が動けない・動かない」てのは、なんとかしなきゃいけない問題なんじゃないかと思った。

事前の対策っていっても、結局は現地の一般人任せで、できることなんて防犯カメラをつけたり、当人を発見したら警察へ連絡する、くらいしかなかったわけで。

 

まさかここまでのことをやるなんて、誰にも想像できなかったといえばそうなんだろうし、事前の犯行予告ともいえるものがあったとはいえ、手紙だけでは警察は動けないってのも、まあいつも通りだよねという気はする。

 

でもさ、それじゃダメだったって、もうそろそろ学んでもいいんじゃない?

 

都知事選だの、議員数がどっちが多いだのでもめてる場合じゃないと思うよ。

 

でも、ネットに○○を殺しますとかどこそこを爆破しますって書き込んだ場合って、犯罪になるよね?

それなのに手紙の場合は犯罪にならなかったのはなんでなんだろう?

>>どうやら対象者のが明確ではない、という判断だったらしい。

でも建物の名前も書いてあるのになぁ。

 

そもそも措置入院の際には大麻の陽性反応(大麻を使ってた)が出てるのに、警察に連絡しなくていいってのはどういうことなんだろう?

大麻って薬物だよね?

>>…なるほど…。

ちょっと調べてみたら、大麻は「所持」の場合、逮捕なんですけど、尿検査などで陽性反応が出た「使用」したって場合は特に法律で禁止されているわけではないようです。

変な話ですけどね…。

要は所持した状態を確認されなければ、大麻の陽性反応が出たところで、逮捕につながるわけではないそうです…。

 

※独自にネット検索した結果なので、間違ってる可能性もあります。責任はとれませんのであしからず。

 

なんにせよ、ネットにキーボードで打ち込んだ文字より、手書きで書いて持参した手紙のほうがよっぽど恐ろしいと思うのだけど、取締りの基準ってどうなってるんだろう、と思わざるを得ない。

 

いろいろ書きましたが、一生懸命生きている人、それを支えている人、またそれを支えとしている人の心を踏みにじるような行為は決して許されない。

 

心神喪失だの、精神疾患だの、そんな話で無罪なんてことになることだけはないように祈ります。

 

亡くなった方々へご冥福をお祈りするとともに、怪我を負われた方々の一日も早い回復を願います。