やまにゃんこかく語りき

やまにゃんこかく語りき

心にうつりゆくよしなしごとを・・・

ほぼ日記。でもときどき降りてきますヽ(゚◇゚ )ノ
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清貧、と言っておきましょう。


実に慎ましい幼少時代を過ごしました。

希望、欲望のほとんどは、

「お金がないから」

という言葉で、きれいに片づけられてきました。


当時はこの状況をかなりを嘆いたものでしたが、

ハングリーだったこの時期も悪くなかったと、

今となっては思います。


満たされない部分を補うべく、想像力(妄想力?)

が、希望がかないやすかった子供より、発達したような気が、

今となってはするからです。


実際、ちびやまにゃんこは自由に空を飛んでいました。

脳内で、ですが。


そんな子供時代を経て、無事、小学校を卒業。

中学入学を前をした春休み、頭を占めていたのは、

何部に入るか。でした。


年の離れた姉の存在もあって、少女マンガの熱心な読者だった私は、

「部活」というものが、いかに充実した学生生活において重要なものか、知っていたのです。



そうです!! 出たかったのです。脳内から、リアルへ!!



熟考の末、いかにも少女漫画脳らしい結論がでました。


そうだ。。。体操部に入ろう!!新体操部へ!!


結論が出たものの、後から、自分は極めて体が硬く、

マット運動が主だった学期の体育は通知表が2だったことに気付きました。


このままではいけない。きっと体操部に入るような子は、

バレエとか習ってたみたいな子たちばっかりなんだ。

が、しかし「できる」と「やりたい」なら、問題なく後者を優先させた私。

まだ妄想の国から出国しきっていなかったのかもしれません。



その日から私の、柔軟体操地獄が始まりました。

春休み丸々、一日も休まず、一日4時間以上柔軟体操。

若さゆえ、暇さゆえ。かもしれません。


テレビを見るときは両足を広げ、

上半身を低いお膳のようなものにもぐらせ、顔を出して観る。

等々の、亀田兄弟か、古くは巨人の星かってくらいの

オリジナリティーあふれる特訓のおかげで、

春休みが終わるころには脅威の軟体ボディーに生まれ変わりました。


さて、そうしていよいよ体験入部(的なもの)で、柔軟体操をした私の感想は、


「あれ? みんな結構ふつうじゃん」


でした。どうやら私はいきみすぎていたようです。

が、おかげで周囲の反響は大きかったです。

まるで中国雑技団を観るように歓声をいただき、


「すごい!! にゃんこさんってバレエやってたんでしょ?」


きらきらした目でそう聞かれ、思わず頷きました。

わぁ。とまた歓声があがりました。


やまにゃんこの人生において、一番大勢の人についたウソかもしれません。


つづく。








両家の最終兵器の息子と娘がめでたく結ばれましたクラッカー


家族だけの小さな式。みんなニコニコニコニコ


これまでありがとう。末永くよろしくね。



背中


ぺこり。



pekori


年末から一緒に暮らし始めて、


明後日が結婚式です。


3か月かぁ。。。。。。



それまでの私


ほぼ引きこもり実家娘だった私は、ろくすっぽ家事もせず、


ただただ自分の為だけにしたいことをしてきたのであって。


簡単な朝食と夕食の支度すらプレッシャー。というていたらく。


完全専業主婦。とことこん優しい夫であったにもかかわらず、


時に悶々として、うつうつとして、


けして呑気ではいられなかった。


私がイライラしたり怒ったりしたことはあっても、


彼は文句らしいことすら言わなかったな。


体調が悪くて爆発!!


「もう家にかえる」


って泣きながら行った時も、


「やまにゃんこのうちはここだよ」ってハグしてくれたな。



わたしのこと、こんなにまるごと愛してくれる男性が現れるなんて、


優しくつつんでくれる人が現れるなんて、


彼と会うまで信じられなかった。



会社帰り、一人占いのはしごをしてた。


友だちが誰かに愛されたり、結婚したり、子供が生まれたり、


好きになった人が離れて行ったり。


そのたび、こころのなかで、一人ぼっちの自分が悪態をついていた。


その時の私にかける言葉があるとしたら



やまにゃんこ、あなたは愛情に出会えるよ。だからそんなにてんぱるなって。。。


だけど、結婚できたら、相思相愛の相手が現れたら


人生の問題きれいに無くなるなんて、それはないからね(笑)


でも、誰かの為に生きるってこと。それって最強だよ。




彼の、暖かい帰る場所をつくります。


彼が幸せでいられるように、幸せになります。


そのためになにより、強くなります。