必要最低限の事をしてひと段落。

冷水筒の中身、麦茶じゃなくて黒烏龍茶だったと気付き、寝る前に飲むんじゃなかったと、やや後悔。


草刈りの終わった枯れた土の見える場所から虫の声(コオロギとかかな?)が聞こえてくると非常に切ない気持ちになる。本当はもっと緑の原っぱの中で生きられれば良いのに、人の都合で茶色く枯らせてしまった原っぱで棲みづらい思いを虫達にさせてしまっている事に対し、申し訳なさを感じる。鳥達は小さく作られた芝生の場所で餌を探している。猛暑のせいもあるのだろうか、なんだか例年と鳥達の様子が違う様に感じている。遂には財布の中が44円になってしまった。否が応でも金への執着を捨てねばやってなどいけない。明日の給料日を見越してだが、見事使い切ったナ笑

「明日仕事行きたい😊💕💕」という気持ちには到底なれず、迫り来る0時に向かう時計の針を(もう…)(あと…)とネガティブに捉える。肌に張り付きながら流れる汗、首振り運転中のサーキュレーターの風が時々当たる度、スーっと蒸発しながら熱を連れて行く。この時刻の「ひとつまみ」がカラダによくない事は分かっている。でも、全部取り上げられてしまっては余りに自分が可哀想なので時々与える。毎日ではない、滅多にない。たまにはハメを外したっていいじゃないっ。完璧ではない自分を楽しむのもオツ。首にはいつもの日本手拭。ソファに横になったり、起き上がって黒烏龍茶を飲んだり、居間の照明器具に豆電球がついていない事に残念がったり、サーキュレーターの風に当たる度訪れる涼しさに心地良かったり。ガソリンの補助金を切るとかからないとか…取り敢えず国に預けてはいるが原資は我々一人一人が何かしらの労働で稼いだ純粋な我々の受けた報酬だ。それをただ預かっているだけの国のお役人がまるで自分のカネの様に勘違いして、結局は自分のポッケに入れる様なやり方で動いてる様にしか見えないダサいやり方をしてるので「は?」となる。何で勝手に給料からお金を抜かれてやりくりしながら生きている様な人達よりも、ただ人のお金を預かっている…はずの人達の方が沢山のお給料を貰っているのだろう?どんな仕事にも優劣はない。自分達は沢山お給料を貰う価値がある、低所得の職種は自分達以下の給料の価値しかないと暗にそう言っている。そう言われると真面目に仕事している人達だけを掻い摘んで矢面に立たせる汚いやり方である。美味しい思いをしている人達はその奥で悠々と血税で自分の私利私欲を満たす。私達は間接的な奴隷と同じ。腑に落ちない不平不満を掘り下げるとその本質が見えてくる。