こんばんは。
又はおはようございます。
今日も私のブログをのぞいて頂き
ありがとうございます😊
永遠の37歳
ライフ アテンダント コーチのハムコです。
昨日は心が折れているハムコに
励ましのメッセージをたくさんいただき
ありがとうございました😊
相変わらず
謝らない場合は解任決議をするって
言うのです。
やれるものならやってみて下さい。
受けて立ちますよ🤣
ところで
タイトルの件、、
空いている時間は
母のところに行って、一緒に
断捨離と片付けをしています。
いる、いらないを分けてくれたら
どんどん捨てていくからねと
伝えているのですが、
英語と、フランス語の小さな塾をしていたので
教材や書籍がたくさんあります。
文房具も好きで、
ノートや絵葉書、カードやシール、
孫達との思い出のお手紙やプレゼントの
メッセージカードなど、
捨てられない宝物がたくさんあります。
写真も
たくさんあって、
そんな物を見ながら
片付けが終わるわけありませんよね😅😅
妹の子供達、この間パパになった甥っ子達
の写真をみていると
まるで今のチビ1号2号とそっくりなんです。
私まで手が止まってしまいます。

そして大連生まれの母ですが(昭和10年生まれ)
貿易商をしていた父親は
かなり資産があったようですが
戦後引き上げて無一文になってしまって
一度はおじいちゃんの実家である
佐賀に行ったのですが
兄妹7人の子供達を受け入れる余裕はなく
九州から北海道に開拓団として
行く決心をしたようです。
北海道の昭和新山のあたりで
父親が大草原の小さな家のような
丸太で作った家を作ったようで
今の住所でいうと
有珠郡壮瞥町あたりで
駒別小学校を出て
久保内中学を2年生の夏休みまで行って
その後、小樽に出て
チャレンジャーのおじいちゃんが
商売を始めたようです。
どちらにしても戦後引き上げてきた
家族は辛い経験もしたようです。
でも子供だった母達は
辛いよりも楽しい思い出も多く
父親の自慢話を今日もしていました。
完全なファザコンです![]()
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いつも自分の父親と、
私の父、つまり夫を比べて
嘆いていました。
可哀想なパパ、私はいつもパパの
味方だったよ。あんな若い時から
アメリカで一財産築き上げたおじいちゃんと
比べられたらたまりませんよね。
明日は父親の一周忌です。
好きだった餃子や、煮物を作って
おじいちゃんの好きだった音楽を
かけて思い出話しをしますね。
金子ゆかりさんが好きだったって
最近知りましたよ‼️
まだお骨も押入れにはいっているから
そばにいるよね。
今日は片付けの途中で
母親の話しが止まらなくなった
お話でした。
ではでは今日も健やかにお過ごし下さいね。



