こんばんは。
今日も私のブログをのぞいて頂き
ありがとうございます![]()
永遠の37歳
ライフ アテンダント コーチ ハムコです。
少し、ブログの投稿に時間がかかってしまいました。
チビと長女が疲れ果てて こんな夕方に寝てしまっています。(6時の時点)
この4日間は怒涛のように過ぎていきました。
まだ、バタバタしているのですが、今はなぜか心は穏やかです。
タイトルにありますように、
娘の出産と父親の死を同時に体験してしまいました。
家族の備忘録に
記録として残していきたいと思います。
長いのでご興味のない方はスルーしてくださいね。
何度かに分けて書いていく予定です。
次女の出産は今回も帝王切開の為、入院日も出産日も決まっていました。
父親も次女の出産する病院に7年近く入院しています。
父親はパーキンソン病を患っており(19年前に発症)
大腸がんの手術も4年前にしたあと、年齢的なこともあり 本人も特に痛いと言う認識はないので
がん治療はしないことになりました。
薬や食事を飲みこむ力もない為、食事やパーキンソンの症状の進行を遅らせる投薬を胃瘻を通じて
行ってきました。
胃瘻の取り換えは半年に一度くらい、内視鏡でやっていただけます。
胃瘻の取り換え手術を今年の2月半ばにしたばかりでした。
すでにパーキンソンの症状は末期をむかえており、寝たきりの状態で体は硬直して、
手足も固まった状態で 体位変換を日に何度か行って頂いていました。
3年ほど前からお見舞いに行って話しかけても
だんだんと私たちの事も 認識できなくなり
声を出すことも返事をすることも出来なくなって
(食道を食べ物が通らないと筋力もなくなるのでしょうね。)
お見舞いに行ったときは爪を切ってあげたり
(ここ数年はきれいに切っていただいていましたよ)、唇のケアをしたり、
まがった足にワックスをつけて 少しでも床ずれ(褥瘡)にならないように気を付けていました。
自宅介護をしていた時は褥瘡がひどくて お風呂の手当ても大変でした。
そんなこんなで父のお見舞いもだんだんと遠ざかり、
入院費用を支払いに行くときにだけ 顔を見に行くような状態になってしまいました。
あっても目もあけてくれなくて 返事も出来ませんでしたから。
コロナになってからは昨年の6月から一度もお見舞いには行けない状態でした。
そんな中、看護婦さんから
お父様の血圧が低いので一度説明をしますのでいらしてくださいと連絡がありました。
3/6でした。
私はのんきで世間知らずで血圧は高いのが大変だというイメージがあったので
低いと言われても高いよりいいのではないかとすぐに駆け付けることは出来ず
ちょうど娘の入院の日に付き添うのでその時に説明を受けますと
3/8の2時に娘を入院させて あとは看護師さんにまかせて2時半から担当医のアポを取っていました。
先生から状態を伺って、血圧の低い理由を教えてもらい、
血圧が低いと言うのは肝臓へガンが転移して
アルブミンなどのたんぱく質を作る
肝臓の機能が低下していることが原因で血管内の水分が血管外にもれて
血圧が低下していると考えられるという報告でした。
肺にも水が溜まっている状態で意識レベルも低下していました。
すぐに顔を見せてくださいとお願いして
父のもとに向かいました。
すでにそばにある機械では
HR(心拍数)75
SPo2 96
血圧計は40/18.
呼吸数は18でした。
その状態がいいのか悪いのかも素人にはわかりませんが
赤いランプがピコン、ピコンとなるときもあったりして、
とにかく 父の手を強く握って 名前を呼び続けました。
手を握り返したのをしっかり感じることが出来、
呼吸の仕方が顎を持ち上げるようになったので、
私でもこれは 今夜が峠かもしれないと思い、
母と妹をいそいで 呼び出しました。
妹は仕事中でなかなか連絡が付きませんでした。
夜中に病院から呼び出されるよりとにかく早く息をしているときに
間に合って‼️と言う思いで電話しました。
母が一人でタクシーで来るのは大変なのですが
とにかくタクシーを私が呼んで、
すぐに来て‼️と車をまわしました。
みんな仕事をしている時間なので
母を頼める人はいなくて、
でも何とか間に合えば良いけどと
30分位は叫んでる状態です。
私がおじいちゃん、おじいちゃんと叫んで手を握り続けると
数値が少し持ち直すので、
これは母を待っているのかもしれないと
呼び続けました。
とうとう数字はドラマで見るように波の線が直線に変わっていきました。
でも たまに動いたり、まだまだ、と引き留めていました。
不謹慎ながら写真をとりました。
ぎりぎりに母が足を引きずるように看護婦さんと到着して
まだ、温かい手を握らせることが出来ました。
そのあと先生が 母を待ってくれてから瞳孔を確認して
15:50 ご臨終ですと言ってくださいました。
私がこの病院について2時間以内の出来事だったのです。
私が来るのを待っていたかのように息を引き取りました。
先生もこんなに急変するとは思わなかったとおっしゃっていました。
妹も仕事を他の人に預けて そのあと駆け付けてくれました。
その後、疎遠にしていた妹に本当に助けられることになりました。
今日はここまでにします。
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