こんばんは。
今日も私のブログをのぞいて頂き
ありがとうございます😊
今日は私の別居時代の事を振り返って
見ようと思います。
詳しくは
26ー30歳が1番辛い時期でしたね

シロガネーゼを後にして
長女は白金台幼稚園に入ってのすぐ、
GWの前には
実家に帰って、別居を始めました。
別居の理由はまだ上手く書ける
自信がないのですが、(書きながら書いていた
)
その時はまず、
子供を預けて、私が働く必要があったから
なんです。
夫のお父様の影響か、
遺伝子の関係か、夫は今から考えると
心の病気だったのです。(躁鬱病)
最初は病気だと分からなくて
会社に行けなくなって、
しばらく休職をしながら、
様子を見て見ることにしました。
当時はまだそんなに、世間が
鬱を認めていなくて、
やる気が無いのか❗️
頑張れ、、頑張れって、
それを3人の子供を育てながら
子供以上に手のかかる金遣いの荒い
子供になってしまい、
その時は躁状態ですね。
さらに会社も勝手に辞めてしまい、
はぁ、何やってくれるん

借金、たくさんあるんだよね💢
病気のせいか何だか知らんけど
昨日泣いて
机の下に入っていたかと思ったら、
今日は六本木でハスラー三昧⁉️💢
薬の副作用で朝が弱いからって
夜中まで遊びすぎ
急に遺書を書き出して
飛び降りる可能性があるから
気をつけて下さいと
担当医から、言われたり

同じビルに、母親、兄妹で
住んでいたので
色々、アドバイスや情報を頂くのですが、
私がカウンセリングに行きたかったよ。
最初は、会社に診断書を提出して
休職が認められていたので、
会社の上司や、同期の方々が
色々、気にして下さり
社内結婚だったので、
私の事も心配して下さったり
色んなアドバイスをいただき
私も頑張っていたのですが、
病気がひどくなって
どうしても子供の事に手が回らなく
なってきたので、
玄関前で泣きながら
怒る夫を振り切って、ちょっと疲れたから
実家にしばらく帰らせてと
一人で3人抱えて、
荷物もたいして持たずに
マンション暮らしの両親の家に
帰りました。
当時、弟夫婦が一部屋、
両親と一緒に暮らしていて、赤ちゃんが
産まれたばかり。
歳の離れた妹は、まだ学生で
当時は浪人中だったかな。
そんなマンションの4畳半位の部屋に
子供3人と私が帰って行ったので、
お嫁さんや、妹はたまったもんじゃないですよね。
まさか、その時は、
離婚をするなんて思ってもいなかったのです。
私が精神的に疲れてしまったので、
GWだったのでしばらく
ゆっくり休ませてと
実家に甘えて少しだけ、
本当にこれからの事をどうしようかと
ゆっくり考える時間が
必要だったのです。
両親は孫が急に帰って来て
何だか、嬉しそう
(最初だけ
)
母は当時、自宅で学習塾の仕事をしていたので
生徒さん達と一緒に座って
お絵描きをしたり、公文のドリルをしたり、
お兄さんや、お姉さんに甘えたりして
私がしばらくして会社に勤め始めてからも
それほど寂しい思いをしないで
遅い帰りを文句も言わずに待っていました。
母には頭が下がります。
もちろん、土日は
食事の作り置きをしたり、人混みに行くと
風邪の菌をもらって、風邪をひいて休ませると
私が休まないと行けないので近所の公園に
連れて行く程度にしか遊ばせていないの
当時、母との約束で、
病気の子は見れないし、病院に連れて行くのは
親の仕事と、譲らなかった。
そんなこんなで半年後位に
義理のお姉さんから、
離婚をした方が良いから、
弟はこっちで面倒見るからと
最初は、はぁ、離婚?
なんで、お姉さんから言われるの?
母子家庭になるよ

今は別居で頑張って、私が働くからと
言っていたのですが、
当時の彼の行動や言動に、
私は理解を示すことが出来ず、
病気の事も理解をする余裕もなく
そうと鬱を繰り返す、
調子の良い行動で親を放棄した夫を
このまま、私が支えて行く事が出来るのか💦
夫と話し合っても、だんだんと
意見が噛み合わなくなり、
人格すら違って来てしまったと
思うようになりました。
離婚して名前が途中で変わるのは
かわいそうだから、
長男が小学校に上がる前に名前を変える
必要があると、
半年間でなんとか親権まで取らないとと
まだ、派遣社員の私は
調停に通い、
家庭裁判所に行ったり、
三月の、小学校の名簿作成の時までにと
頑張って親権を取る事ができました。
ギリギリ、4月の入学式までに
3人の名前を旧姓に戻す事が出来ました。
画数を考えて付けた名前も
運命が変わってしまいましたね


こんな話しを聞いてもらって
ありがとうございます😊
長くなってしまったので
また、いつか、聞いて下さい💦
お し ま い。
see you

こんなのを、
産まれた時、チビの為に作ったのに、
(これは作成途中、洗濯ピンチに付けている
)
もう、ちぎられて輪っかを
引き揚げて来ましたよ

最初は喜んで見てくれていたんだよ

