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Junkoの心日記

思ったことや感じたことを、綴っていきます。

何かを、感じていただけたら、嬉しいです

8月に、日航ジャンボ機事故の特番を見ていた時に、遺族の方が、「風化しないように、語り継いでいかなければならない。」と話されているのを聞いて、ハッとしました。私も、やっくんのことを、語り継がないと..。

ということで、手品に関しては、2007年3/25の「和やかに」でマジシャンのなか。たつやさんに手品を見せてもらい、「おいらも少しずつマスターせねば!!」と書いていたので、「やっくんの手品、楽しみにしてる」と書きました。

ライブでは、ルネッサながとと、城島で、披露してくれましたが、城島では、その都度「しょぼいけど・・。」と言っていて、5/3「藤原の里で自害でござる」でも、「まぁ最初からしょぼい手品かもしれないけど...。」とありました。

「しょぽいなんて言わないで」と書かれている方が何人かいらしたので、私も、「マジックは、専門家ではないやっくんが披露してくれるところに意味があるのだから、やっくんができることを、やっくんなりの方法で、しょぼいなんて言わないで、これからも堂々と披露してね」と、今度は、間違えずに、ちゃんと「専門家」と書くことができました。

やっくんは、それからしばらく、手品のことは書かなかったので、やっぱり、想いは届かなかったのかなと思っていたら、約1年後の2009年3/7「宴会乱入」で「簡単な手品を披露」と書いていて、最終的に、美女♂menZのコンセプトにも、使ってくれました。

やっくんが構想していたコンセプトの手品(魔法)は、マジシャンを採用した本格的なものだったようです。

その方は、荒尾のお茶会で、カードマジックをいくつか披露してくださったのですが、最後のマジックが、透chをみんなで騙すはずが、実は私たちも騙されたという高度なものだっただけに、ライブでは、その都度、カードマジック以上のものを見せてくれたのではないかと思うと、今更ながら、やっくんが考えていたコンセプトで、やっくんがボーカルの美女♂menZを、もう、決して見れないのは残念で仕方がありません。

翼くんが入ってから、どんどん変わっていく形に違和感を覚えていたので、美女♂menZからZが消えて、私は正直ホッとしました。美女♂menVlossomも、美女♂menZも、やっくんのものだから..。

一つ前の記事は、やっくんに関係ないので、非公開にしました。懐かしい方が来てくださっていたのは嬉しかったです。ありがとうございました!


美女♂menの名前から、「Z」がなくなりましたね。

やっくんのブログのコメント欄でも、以前書きましたが、お墓に行った時にやっくんから、「美女♂menをよろしくね♪」という想いが、笑顔とともに伝わってきました。それは、「そろそろ行くね。」と言って、立ち上がった瞬間のことでした。

やっくんのいない美女♂menZを、どうしても応援できそうになくて、その話題だけは、ひたすら避けていたので、本当に驚いて固まったのですが、やっくんのお願いでも、それだけは約束できなかったので、やっくんには、お見通しだったでしょうけど、気づかなかったふりをしてそのままバイバイしました。

それが、その時点のやっくんの想いなのか、過去の想いが残っていて、それが伝わってきているのか、当時の私には、よく分かりませんでしたが、どちらにしても、違う世界に行ってからもメンバーのことを気にかけていることだけは、強く感じました。

ただ、ずっと不思議だったのは、伝わってきた想いが、「美女♂menZ」ではなく、「美女♂men」だったこと。

荒尾の追悼ライブに行った時に、やっくんの気配は感じられませんでしたが、「きっと、この中のどこかに、やっくんがいてくれているんだろうな。私の姿がやっくんの目に入るといいな。」と思いながら、私の周りが座っている中、一人、後ろで立って応援していたら、やっくんが視える方がいらして、司会の女性に伝えてくれました。

その時に、お墓で感じたやっくんの想いは、リアルタイムだったことを確信したのですが、透chたちが美女♂menZの活動を再開したことも、名前から「Z」を取ることも、その時点で、やっくんは全部分かっていたのかも知れないと、今は、勝手に納得しています。

結局私は、やっくんに背中を押されて、未だに葛藤しながら、美女♂menを応援しています。応援し続けることで、私にとって、やっくんの代わりになる人は誰もいないことも、やっくんは、いろんな意味で超越していたことも、痛いほど思い知らされました。

でも、やっくんは、メンバーのことだけを心配して伝えたわけではなくて、私のことも考えてくれていたのかもしれないと、最近思えるようになりました。

それと、去年のお茶会の時に、なっちも言ってくれました。「武道館までは、数年かかるかも知れないけど、一緒に思い出を作っていってほしい。」って。なっちにも、はっきり答えられませんでしたけど...。

やっくんの想いも、なっちの想いも、私や、私と同じ席に座っていた方たちだけに向けられたものではなくて、やっくんと、美女♂menのことが大好きな方たち全員へのメッセージだと思います。是非、なっちたちと一緒に思い出を作っていってくださいな。

やっくんのいない美女♂menを見るのは、今でも複雑な想いですが、伊織殿たちから、少しずつ元気をもらっているのも事実です。






今年に入ってからも、やっくんが見守ってくれているように

感じていたので、行く前は、名無しさんから頂いたメッセージのように、

お墓で待ってくれているという感覚は全くありませんでした。


結婚してから、一人旅は初めてでしたし、ここ1年以上、不妊治療も兼ねて

家に閉じこもっていたので、一人で行けるのかと、本当にドキドキしました。


でも、やっくんの言うとおり、自分から一歩を踏み出さないとって思いました。

この先、どう生きていけばいいのか、ヒントもつかみたかったんです。


天気を心配していましたが、やっくんも晴れ男女でしたし、

私も晴れ女なので、快晴に恵まれました。


やっくんのライブは、本当に不思議で、雨が降っても

やっくんが出てくると止むんですよね。やっくんが、雨の中で

ライブをしたのは、数えるくらいなのではないかと思います。


私は、雲ひとつ無い青空が大好きで、そういう天気を勝手に

「やっくん日和」と呼んでいるのですが、まさにやっくん日和でした



福岡空港に着いた時から、何かとやっくんを思い出すようになりました。

ここでは、あと一歩のところで会えなくてサインを貰い損ねたな・・。


機内では、沢田ちかこさんの「会いたい」という曲が流れて、

2番のさびの部分で本気で泣きそうになりました。この歌を知った頃は、

この主人公の気持ちが全く分からなかったのにね・・。


羽田空港に着いてからは、やっくんは、ここを何回歩いたんだろう・・。


横浜方面に着いた時も、やっくんは観覧車があるあたりで

美女♂menとして初ライブをしたんだっけ。私は行けなかったけど、

そのライブより前に、コメントで観覧車のことを書いたなぁ・・。


少し遠回りをして、25歳まで私が住んでいた町を、通り過ぎた時も、

やっくんがこの電車の沿線ぞいにある駅の学園祭に行く前日に、

この下り方向の電車に、やっくんと一緒に乗った夢を見たことを書いたっけ。


でも、後ろから抱きついたとか、さすがにやっくんのブログのコメントには

書けなかったけど、私のブログを見に来てくれていたなら、知ってたかな。


この電車のずっと先の駅に、やっくんのカレー屋さんがあったんだよね。

武道館ライブの時に、楽しみにしてるって、書いたっけ。


私は、福岡のスゴカを持って行ったのですが、やっくんは、

スイカを使っていて、なくしたって書いてたっけ。


私がここに住んでいた頃は、やっくんが高校生かぁ。同じ横浜でも

やっくんが住んでいた場所とは離れているから、

ほとんどすれ違うこともなかっただろうな。


でも、やっくんは、私が通勤していた新宿御苑の当たりを

利用していたりして不思議とつながりがあるんだよね。

やっくんにも、思い出をいっぱい書いたな・・。


乗り換え駅でお花を買えば良かったのですが、思いつかなくて、次の

乗り換え駅で買おうと思ったら、お花屋さんが見つかりませんでした。


仕方がないので、駅についてからお花屋さんに行ったのですが、

フラワーアレンジメントが置いてなくて、籠がないんだろうと

勝手に勘違いしたので、そこはやめました。


時間を見たら、バスが行ってしまった後だったので、お供えの品を

買いながら、歩いていくことにしました。


途中のコンビニで私は、クランキーを買いました。

これは、私が、やっくんを応援し続けるきっかけとなった、

削除された記事に書いてあったものです。


2006年12月13日「ジャケット撮影!」の写真は、

もともとはクランキーだったんです。みなさんのコメントを読めば、

やっくんがクランキーについて熱く語っていたことが分かると思います。


私もクランキーが大好きなので、昼間に見た時、書こうと思いながら、

結局書けなかったのですが、夜は、内容が書き換えられていたんです。


やっくんを気遣ったコメントを書かれていた方もいらっしゃったようですが、

熱く語っていたクランキーとは、打って変わったあっさりした文章と、


最後の言葉と顔文字を見て、なんとなく、やっくんが辛い思いをし

ているのではないかと感じて、励ますコメントを書きました。


そのクランキーと、あたたかいカフェオレを買おうと思ったのですが、

ドリップ式のカフェオレはありませんと言われて、曲がり角の少し先にある

セブンイレブンに行ったら、缶を勧められたので、それを買いました。


少し戻り、大きな看板のところで曲がると、そこから急な上り坂になり、

年配の女性の方が、両手に買い物袋を提げて重そうに歩かれていたので、


お墓の場所を聞いて、「持ちましょうか?」と声をお掛けしたら、

「バランスを取っているから大丈夫よ。気持ちだけ頂くわ。

気をつけていってらっしゃいね。」と声を掛けてくださり、


ご自宅に入る時に、また、「お墓は、あと200メートルぐらいよ。

気をつけていってらっしゃいね。」と再び声を掛けてくださいました。


すぐに、霊園があり、事務所に行って、お線香とマッチとお花を買いました。

「お線香は、長いのと短いのとどちらにしますか?」と聞かれ、


分からなかったので、「桜塚やっくんのお墓です」と言ったら、

「なら、寝かせるタイプの短いお線香ですね」と教えてくれました。


お花は、仏花らしくなく、仰々しくないものを買いました。

普通に新聞紙で巻かれて渡されたので、「籠はありませんか」と聞いたら、


「今は切らしているので、手桶にそのまま、ずぼっと入れていいですよ。」と

言われたので、そうしました。


お線香は、袋に小さな束が2つと、小さなマッチが入っていました。

場所を聞くと、あらかじめ手書きされた地図で説明してくれました。


その地図どおりに行きましたが途中で分からなくなり、立ち止まって

一生懸命に地図を見ていたら、整備をされているおじさんが、


「どこに行きたいの?」と尋ねてくれて、少し躊躇しながら、

「桜塚やっくんです。」と言ったら、


「あ~、だったら、向こうから○番目だよ。お花がたくさんあるから

すぐに分かるよ。」と教えてくれました。


やっくんのお墓に、やっとのことでたどり着いたのですが、

お墓を見た瞬間にいろんな思いが込みあがってきて、

全く泣くつもりはなかったのですが、思わず泣いてしまいました。


お墓なのに、優しい雰囲気で出迎えてくれていること、

やっくんは、桜塚やっくんではなく、斉藤恭央さんだったこと。

やっくんが、こんな姿に変わってしまったこと。

ファンをやめなかったけれど、きちんと最後まで応援できなかったこと。


歌にもあるように、行く前は、お墓にやっくんが、いるとはとても

思えませんでしたし、大事な時に守ってくれていることを感じていたので


お墓で私を待ってくれているという意識は全く無く、本当に驚きましたが、

この雰囲気はどこから出ているのか、冷静に分析している自分もいました。


優しく出迎えてくれていましたが、 やはりここはきちんと謝るべきだと思い、

お墓に入らせていただく前に、手を合わせて謝ってから頭を下げました。


それから、失礼しますと言って、お花を供えさせていただきました。

前方は、全部ふさがっていたので、右奥の方に、手桶を置いたのですが


花の位置がしっくりこなくて、何度も、「ごめんなさいね」と言いながら

手桶を戻したり置いたりしながら、花の位置を直しました。


みなさん、かわいいお花と器なのに、私のお花だけが手桶に入っていて、

私らしいなぁと思いました。


やっくんのお土産は、よくデパートの袋のまま渡していて、

初めて会った福岡のタッチ会では、始まる前に優先場所に立っていた時、


やっくんの視線が、私と袋にチラチラ注がれているのが分かって、なんだか

恥ずかしくなって、前の人に隠れるように、しゃがんだことを思い出しました。


お花を置いた位置も、墓石からは、少し離れた後ろの場所で、

熱狂的と言われていたやっくんのファンの中で、

やっくんとは距離を置いて応援していた私らしいなと思いました。


それから、ろうそくのような物に火を点けようとしたのですが、

風が強くて消えてしまい「やっぱり消えちゃうね。」って


泣きながらつぶやいたら、今度はちゃんと点いて、

お線香にも火が点いてくれました。


そして、クランキーとカフェオレをやっくんの方に向けて

お供えをしてから、手を合わせて、いろいろお話しました。


ある程度話した後、紙に包んだままで食べれるのかなと思い、

「これじゃあ食べれないよね。」と言いながら、箱をあけて包みを開き、

カフェオレの蓋を開けました。


その時、墓誌が目に入り、やっくんの戒名と行年を見て、本当なんだなと

実感したのですが、隣に、もうひとかたの戒名と行年が書いてあり、


やっくんは、おじいさまのお墓に一緒に入っていると、
お兄様が書かれていたことを思い出し、


おじいさまも若くして亡くなられたことに驚きました。

そして、おじいさまにも、ご挨拶をさせていただきました。


この優しい雰囲気は、やっくんだけではなくおじいさまも、

歓迎してくださっているからだと気づいたからです。


そして、「やっくん食べた?私も、頂くね。」と言って、

カフェオレを飲んだら、もうかなり冷たくなっていたので、

「やっくんは温かいまま飲めたかな?」と思いました。


よく、ネタを作りながら、ミスドのカフェオレを飲んでいたようなので、

本当はミスドのカフェオレを持っていきたかったんですけど・・。


下を見たら、きれいに掃除されていたのですが、小さな花びらが

枯れて手前にいくつか落ちていたので、拾わせていただきました。


右を向いたら見晴らしがよくて、景色は見えませんが、とてもいい位置で、

風が強くなかったら、お線香が消えるまでは、いたかったのですが、

寒さが強くなってきてしまい、おいとますることにしました。


福岡のタッチ会でも最後に、笑顔を見せたことを思い出し、

今回もちゃんと笑顔を見せないとと思って、泣きはらした顔で、

最後は笑顔を作ることができて「またね。」って手を振りました。


傍から見たら、危ない人だったと思います。誰もいなくて良かったです。

さっきのおじさんにお礼をきちんと言おうと思ったら、もういませんでした。


途中で、私と同じくらいの年齢の女性の方とすれ違ったので、

やっくんのファンの方かなと思い、会釈をして通りすぎたのですが、

やっくんのお墓の方には向かわれていませんでした。


事務所の前を通り過ぎる時に時間を見たら、ちょうど3時。

1時半のバスに乗り損ねてから一時間半。最初に思っていたより、

ずっとやっくんのそばにいたことに気づきました。


帰りの飛行機は、月が変わったので、歌も変わっていて、

今度は、「涙そうそう」。ちょっと気になって聞いてみたのですが、

これは本当に泣かせてくれました。


そして、気分を変えるためにチャンネルを変えたら、モーニング娘の

「君の変わりは居やしない」。曲はともかく、歌詞にボロボロ。


行きも帰りも、窓側で、しかも私一人だけでよかった。

平日にしておいてよかったと、つくづく思いました。


今回の一人旅は、やっくんのお墓参りを含めて、あまり楽しいものでは

ありませんでしたが、生きていて普通になんでもできるのは、当たり前

だけれども、本当は、とっても幸せなのだということに気づかされました。


そして、帰った時に、出迎えてくれる人がいるということも。


やっくん、ありがとう!

温かいコメントを下さったみなさん、見守ってくださったみなさん、

ありがとうございました!