思考が現実化する、自分の思考が現実を創造していると言われても、実際のところ実感もないし、あんまり正直よくわからない…。と思われている方もいらっしゃると思います。もともと、生まれる前から決まってる運命を辿っていると考えている方もいらっしゃると思いますし、本当にこの現実化の価値観は、人によってだいぶ違うのではないかと思います。
では、なぜ現実化が実感できないのでしょうか。また、現実化しないのでしょうか。これはあくまでも私の個人的な見解になりますが、いまの自分の状況から、掛け離れた現実を創造しようと思考していたりすれば、それは無理だとマインド(不安、恐怖の古い価値観)が止めに入ります。マインドは変化を嫌います。とても現実的な価値観です。いままでと全く違う方向にいきなり転換しようとすると、マインドが働きますので、徐々に方向を変える行動していき、マインドを慣らしていくとマインドが静かになっていきます。
決めきれていないから、ということもあると思います。やりたいけど、こうしたいけど無理だよね…とマインドと感覚を同時に働かせている、ドアを開けようとしてるけど鍵は閉まってるという表現で伝わるかはわかりませんが、感覚ではやりたいことがあるから行動したいんだけど、方やマインドでは不安しかなかったり、疑ったり無理だと否定して、自分のことも、現実化も信じきれていない場合です。全く正反対の思考を同時にしているような状況なので、結果プラスマイナスゼロ、停止したまま、いまと何も変わらない、現実化しないということもあると思います。
あとはこうなりたい、ということをマインドで考えている場合です。マインドは感覚と正反対ですから、本当に自分がやりたいことというわけではないので、マインドの判断でこれをしたら稼ぐことができそう、世間的に評価が高い仕事だから、など自分の本当の価値観ではなく、ピラミッド社会の常識や価値観で現実化を望んでも、それはあなたが本当に感覚で望んでいることではありませんから、イメージが広がらず、ワクワクもしないのでそれ程やる気も出ないですし、感情も湧いてこないので、なかなか行動に移すことができず、または長続きせずに、現実化しないといったこともあると思います。
現実化が実感できない、ということもありますよね。でも実際に私達は、気がつかないようなささいな現実化や、わかりやすいことまで意外と現実化しています。ですが、どうしても物質世界特有の現実化までのタイムラグがありますから、相当前にこうしたい、あれがほしい、こうなりたいと思考してたことが、もう何年、何十年もかかって現実化していれば、もうそのような思考をしてたことすら記憶にないこともありますから、現実化の実感は全くといっていいほどない時もあります。
現実化も、いま現実化したと認識できなければ、そして思考が現実を創造しているといことを知らなければ、それはただ自分に起きた出来事にしか過ぎませんから、現実化したかどうかも判断することができません。日常のささいな出来事も立派な現実化ですが、現実化を特別なこととして認識していれば、何か普段では経験できないことを体験した、やり遂げたことだけが現実化だと思ってしまうと、いったいいつになったら現実化するんだ?と実感が湧かないと思います。
自分が現実化を認識しやすい、身近なところから意識してみてはいかがでしょうか?例えば、どうしても食べたい限定品のケーキを次の休みに何としても買って食べるぞと思い買いに行く、そして無事購入し食べることができた。などなど、一見当たり前でしょ?と感じるうようなことだと思いますが、それも立派な現実化です。そうやって身近な現実化を積み重ねれば、現実化が特別ではなく、難しいことと不安になったりすることも少しずつなくなっていくのではないでしょうか。
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