僕たちが当たり前に思っていることは改めて考えてみると大抵大切なことであって、その当たり前に目を向けることでより一層人としての深みを生むことができると思います。今回はそんな当たり前の1つについて書いていこうと思います。
僕は今ワーキングホリデーでオーストラリアに来て5ヶ月が経とうとしています。正直言って辛いです。ただ具体的に何が辛いのか未だに答えが出せていません。僕は日本にいる頃から1人でいるのは苦じゃなかったし、ワーホリが辛いものだと覚悟もしていました。だから今回書くことはまだ僕自身整理できていないことなので、少しでも整理できるように書いていきます。ワーホリをしているとよく分かるのは、同じ日本人でワーホリや語学留学で来ている人がいるのですが、この生活を「すごく楽しんでいる人」と「疲れた。日本に帰りたい」と思っている人がいることです。仕事や周りの環境は違いますが、長く住んだ日本を離れて海外で生活をするという同じ状況でどうして人によってこんなにも思うことが違うのか。当たり前のことですが、大切なことだと思うんです。
僕は早く帰りたいと思っている人なので、どうして自分は他の楽しんでいる人のようにできないのかを考えました。そもそも人が違うんですよね。同じ状況であっても何に喜びを感じ、何に悩み苦しむのかは人それぞれです。きっと僕が辛いと思うことも他の人にとっては何とも思わないことだったり、なんなら楽しいとまで思う人もいるでしょう。これはワーホリに限った話ではありません。僕たちの周りの環境、たとえば学校や職場でも同じです。同じ環境に置かれた人であっても人によって物の捉え方は人それぞれです。自分より悩みがなさそうに見える他人であっても、その人の中では何かしらの悩みを抱えていて、そしてその悩みは自分にとっては大したことない悩みだったりもします。そして、何に喜び何に悩むのかをコントロールすることはほとんど不可能だと思います。だから僕は今、自分の生きることの下手さに軽く絶望しています。
とにかく、どれだけ同じ環境に置かれた人であっても人にはそれぞれ自分の中の世界があり、その中で生きていきます。何に幸せを感じ、何に不幸せを感じるかは人によって似ているようで違います。だから完全に人と分かり合うことはできません。自分の苦しみは自分にしか分からない。本当に分かるのは実際に体験してそれを感じた自分しか分かりません。だから、あなたはあなたの世界の中を僕は僕の世界の中だけでしか生きられないと思います。しかし、この人によって違う世界が完璧に同じ人はいませんが、似た経験をして似たことを感じた人の世界は自分の世界と似ています。同じ地球で住む以上こういう人は必ずいます。そういう人とは完璧にではなくとも分かり合うことができると思います。分からない人であっても理解しようとしてくれる人もいます。僕たちが持っているこの苦しみをわざわざ人に聞いてもらう必要はないと思っていますが、やっぱり人は誰かに聞いて欲しいんです。そんな僕たちの、僕の心の叫びを聞いてくれる人に出会えるまで頑張ります。
なんか上手くまとまりませんでしたが、僕が言いたいことは、彼女募集中です!!