ワーホリを通して感じたことがあります。僕のワーホリ生活は、はっきり言って楽しいものではありませんでした。言葉の通じないことへのストレス、奴隷のような仕事、ルームシェアでのストレスなど総合的に居心地の悪い日々を過ごしていました。これは何の、もしくは誰のせいか。紛れもなく自分です。その居心地の悪い日々を選択した自分が悪いんです。これはネガティブだとかいうことではなく、前向きな反省です。
初めのうちは金銭的な面で我慢が多いのは仕方ありません。シェアルームで汚いけど安い部屋も英語が話せないがための奴隷のような仕事も仕方がないことでした。ただ、少し金銭的な面に余裕が出てくると環境を変えることもできました。少し高いけど家賃を払える程の1人部屋も、英語力上達のための仕事も選ぶことはできたはずです。でも僕はそれを選択しなかった。居心地の悪さを僕自身が選択したんです。ただ、この選択が間違っているとは思いません。間違ったことがあるとすれば、そんな居心地の悪さを文句垂れたことです。日々のストレスから心の余裕もなくなり、その居心地の悪さを環境や人のせいにしました。その生活を選んだのは自分なのに、海外は性格的に合っていないとか、ルームメイトに腹が立つとか、散々文句を言っていました。文句を言うぐらいなら、できることはいくらでもあるだろうに。
居心地の悪い日々を送るのは精神的に良くないことではありますが、成長するという意味では必要なことだと思います。ただし、その日々をより良いものにしようとしたときに意味が生まれます。僕はそれすらできませんでしたが、良く言えば忍耐力がつき、自分と向き合うことができたと思っています。だから、環境や人のせいにせず、そんな生活を選択した自分をより正しい道に進めるべきでした。
これは今後生きていく上でも必要なことだと思います。居心地の良い場所に留まり続けることは成長を止めると言われています。成長に必要なのは不確かさ、挑戦、少しのストレスと混乱だと。ただ、そんな困難な道を選んだのなら、選んだことに気づいていなかったとしても自分の選択に責任を持ってやり遂げるべきです。そして、成長を感じればまた居心地の良い選択をしてみればいいんじゃないでしょうか。