"imagine" ♪ ♫
生きてれば「70歳」 1940年10月9日生。ラヂオでは特集が組まれ、リマスターBOXが発売され、再認識してる方も多いでしょう。
「同日」、ノーベル平和賞が発表され、中国の民主活動家が受賞。中国国内報道は「平和賞に対する冒涜」という内容のみで、直接の詳細には触れてないそうだ。 しかもインターネット上では制限・規制をかけてるそうで・・・。
1966年11月、ロンドンのとあるギャラリーでヨーコ・オノと出会った。その個展会場の或るコーナーに脚立が立っていて、その天井には小さなキャンバスが貼り付けてある。
Johnは脚立を昇ると、虫眼鏡がぶら下がってて、それでしか見えない小さな字がその小さなキャンバスに・・・一言『YES』。 その11月の出会いの日付は、故ブライアン・エプスタイン(BEATLESを見出した、後のマネージャー)が初めてキャバーンクラブで彼等を聴いた日にち、だそうだ。
後に結婚。
この曲の一節「imagine all the people living life in peace」が好い。
このPEACEは「平和」じゃなく「穏やかに」位が好い。
John自身、平和運動に熱心に参加した時期もあったが・・・、その後曰く「身近にいる人々も愛せない奴が運動したところで、なんの説得力もない」と。 (結婚後すぐ別居して、「酒・薬」三昧を一年ほど) この曲は夫婦合作、と言うよりYOKO作とJohnは言ってたらしい。
脚立を昇って、見た一言が「F○○K」とか「バ~カ」だったら・・・
この曲は産まれなかっただろな。
曲聴きながら「脚立を一歩づつ昇ってる・・・而してそこに貴方が見た一言は!?」 想像してみるのも一興かも?(脚立を人生に見立てたりしてね)
現実では「平和賞」で、ヒト・国・地域・団体がギクシャク・・・・??????

「筋肉痛と和式便器」 ??
ブログネタ:筋肉痛って、何日後にくる? 参加中本文はここから
「校内マラソン」なんぞがあった翌日からしばらくの間、安息の場であるべきこの個室が「地獄部屋」と化すのであります。先ずはしゃがみ込むのに一苦労、それは序章でありまして、数秒と持たずにどちらかの足に体重移動せねばなりませぬ。それも自力(自足)ではママナラズ、両の手を壁に突っ張りまして何とか右へ左へ・・・、そうこうしておりますッテえと、目的の動きが起きてまいります。
そこからはさらに油断出来ませぬ。なにしろ目標はあくまでもセンターを狙わなくてはなりませぬ。格闘する力は相当なものなのでありましょう!
やっとの思いで使命達成したものの、「搾りぶくろの、本当は棒状になるべき金口が変型し角が出来たり、挙句に捻れまで」ってな力なのでありやしょう!? そんな朝が数日。更に両の手にも筋肉痛が転移。
「結論」!!! 「筋肉痛は翌日に」 き・た・・・。でありました。
子供のころの噺になってしまいました。
現在ですか~~~? 筋肉痛になりそうな動きはなるべく回避しようとしておりやすが、「やむ無く」、の際は・・・・・・
翌日は意識不明のように全身動かず(故に確認なし)、二日目は全身倦怠感(まだ痛み感じず)
三日目は、、、、、「あたたたたたたっ!!!!」 「移動出来づ」!!
年齢相応(58)の反応デガショ!?
恐縮ですが!!!
