学校の先生になくて俺達にあるもの | 11の魔法で子ども指導 

11の魔法で子ども指導 

池上正さんの「サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法」という本を教科書に、

フットボール指導から学んだノウハウを活かして、

戦術的ピリオダイゼーション理論をベースとした『複雑系の指導』を追求中!!

僕は学校現場での”教師(講師)”と、サッカーチームやフットサルスクールでの”コーチ”をやっているのですが、同じ子どもを指導する上において、なぜか学校の先生方は指導が下手だと思うんです。

なにかこう・・・ 違和感を感じるんですよね。


それがここ1年ぐらい、ずっと悩みの種だったのですが・・・

今日はっきりしました!!




それは・・・

”コーチング”をしているのか?いないのか?だったのです。





Wikipediaから引用するとこうである。


「コーチング」


概要

コーチングを一言で言うと「人を育てるための一つの方法」である。 育てるということについてはさまざまな解釈が可能。 スポーツであれば技能が向上する、プログラミングであればそのスキルが向上する、ビジネスであれば営業や専門職などである。また、精神面での成長も「育つ」というように考えることができる。学習により人間は成長し育つが、学習しても身につかないことは多くの人が体験していことだろう。 コーチングでは、モチベーションを重視し、人が自ら学習し育つような環境を作り出し、個人をのばし、自ら問題を解決していけるようになることを目的としている。 スポーツ界での活用が注目されている。


目的

コーチングでは画一的な人間を作ることは目指さない。コーチングされる側の個人の能力を可能な限り引き出し、それにより個人の問題をはかったり、スキルの向上を実現することを目的とする。統一的なやり方を押しつけることはしない。これが一般的な「教育」との一番大きな違いである。 あくまで、個人を尊重し、個人の考える力を育てることが目的である。 スポーツの世界では個人を育てるのがよいのは理解しやすいが、ビジネスの世界では敬遠されるかもしれない。だが、会社の構成単位は最終的には個人であることから、個人の能力をいかに発揮させるかが、現代の企業の課題となっている。


コーチング技術

市販の書籍などには「傾聴」から始まってさまざまな質問の仕方などが載っているが、教科書に書いてあるままの質問を投げ続けるだけではコーチングにはなりえない。経験と心理学に関する素養などに基づいて、適切な分析と判断を行った上での質問でなければ、本来の効果は期待できない。また、スキルコーチングで多用される「課題」も本来めざしているスキルを育てるためのものでなければならず、難しすぎても簡単すぎても意味はない。 これらの「コーチングスキル」をベースとして、認めること、共感などの心理的なテクニックを用いながら、コミュニケーションをとり、モチベーションを高め、能力を伸ばし、スキルを身につけさせていくのがコーチングの技術となる。


コーチングの基本

モチベーション

これがなければ学習効果は決して上がらない。 自ら学ぶ、自ら問題を解決する、という姿勢を作り出さなければならない。

観察

すべての人間に個性があり、理解が早い人も遅い人もいる。個人の能力をそれぞれ伸ばすためには、同じ課題を与えても結果は異なることを前提とし、個人に対する観察、把握、分析が必須である。

適切な課題

スキルコーチングの場合には、これさえできれば、コーチングができたも同然である。観察に基づき、問題点や身につけさせたいスキルを抽出し、現状のスキルを判断し、難しいすぎず簡単すぎない課題を考えて、実施する。 課題に取り組みそれをこなすことにより成長が見込めるような課題であれば、それに繰り返し積極的に挑戦することで、人間は必ず成長していく、というのがスキルコーチングの考え方になる。

コミュニケーション

表情や動作などの非言語によるコミュニケーションを含め、コーチングを行う上での基本。 自分の主張だけをしたり、あらかじめ用意されたテキストや質問を読み上げるだけでは、コーチングにはならない。

考える力

コーチングを受ける側に、考えて自ら問題を解決する力をつけさせるのが、コーチングの最終的なゴールとなることを忘れてはならない。





学校現場にものすごく大切で、共通している事柄を赤ラインにしてみました。

現行の学習指導要領で大切とされている”生きる力”を養うには、まさしく赤ラインのことが大切なんですよね!!(今更?とか言わないでw)


もちろん僕は指導のスタートを”コーチ”から始め、そこから学校現場に入りました。

今でも学校の先生方の指導方法には違和感を感じ、「下手だなぁ・・・」と思いながら過ごしています。


でも僕と先生方の何が違うのか?

サッカーと学校の違いである、本当に「習い事」と「義務教育」の違いなのか?

大卒教師と、社会人経験者教師の違いなのか?

そう思う日々の連続でした。



これではっきりしました。


僕はコーチング法で子ども達を指導している。

学校の先生方は、昔からの一方的な教え方(ティーチング)で指導している。

だから、僕が入ったクラスは学級崩壊が沈静化するし、学校の先生方は学級崩壊を招いてしまう。


別に僕がすごい!!なんて言ってるんじゃないんです。


”コーチ”出身の僕は、いつの間にか”コーチング”が身についていただけであり(だって普段やってるからね)、僕の指導方法の基本になっていただけなんです。

ただ学校の先生方は知らなかっただけ。


要するに、知ってるか知らないかレベルなんですね(笑)



でも、僕はただコーチングを知っているだけ。ただコーチングしているだけに過ぎません。

コーチングが不必要な時もあるし、ティーチングが有効な時もある。
学校教育に風穴をあけるためにも、コーチング技術の更なる習得に励まないといけません。

レベルアップを目指さないといけません。



採用試験受かったら、コーチングスクールにでも通います。