Silent Separation

Silent Separation

作者:顧漫

中国小説「何以笙箫默」(マイ・サンシャイン)の
日本語解釈文です。
ドラマとは若干異なっています。

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Part.11 第7章 不即(1)


《秀色》の新刊が発行された。表紙でわが意を得たりと得意満面な笑顔の青年は新進気鋭の建築家だ。この2年間で、彼は国際デザイン展で多くの賞を受賞しており、評判が急上昇中である。

「惜しいかな、あんまりイケメンじゃないのよね」 シャオホンがかなり残念そうにコメントする。

「ホー弁護士は男前なのに、残念ながら誰かさんはインタビューにこぎ着けなかったもんね」 アーメイが大声で言う。

「アーメイ、そんな言い方ないでしょ」 シャオホンは彼女の険のある物言いに我慢できなかった。 「イージンだってベストを尽くしたんだから」

ちょうど彼女たちの方へ向かっていたモーションは、この会話を耳にして思わずイージンに目を向ける。彼女は自分のデスクで頭を下げて静かに原稿を書き、まるきり取り合わない。

モーションは不意にたじろぎ、少々後ろめたさを感じる。

「ねえ、モーション」 シャオホンが突然何かを思い出し、ゴマをすってモーションの腕を揺さぶる。 「私たちって友だちなんだからさ、まさか手を貸してくれないなんてことないよね?」

モーションはとっさに嫌な予感がして、慎重に尋ねる。 「シャオホン、あの外科の先生との間で、その……問題でもあるわけ?」 でなかったら、どうしてまたお見合いに行く必要があるの?

「いやらしい!どこからそんな発想が出るのよ!」 シャオホンは非難の声を上げて両手で顔を押さえ、今がとても幸せな様相である。 「これだってば!」 と言いつつ、どこからともなく超特大の紙を1枚取り出し、ガサガサ音を立てながら彼女の目の前で振って広げる。 「よーく見た?」

しっかり見るも、目まいすらした。紙の最上段には大きく「購入リスト」と5文字書かれており、その下に隙間なく各種ブランドの洋服、靴、化粧品が列記されている……さらにデジカメまで?

まったくもって多種多様で、モーションはそれを見たら目がちらちらした。 「シャオホン、近いうちに値上がりしそうとか?」 これはまさしく「買いだめリスト」じゃない!

「へっへっ、あなたとチェンさんって香港行きが決まったんじゃなかったっけ?はぐらかさないでよ。あのね、要するに、ついでに買ってきてくれない?」

情報ってホント速く伝わるものなのね。モーションはため息をつく。 「何かメリットある?」

退勤後、シャオホンの彼、チェン医師がご馳走してくれた。食事の席上、シャオホンはしきりに彼女に釘を差す。 「モーション、‘一飯の恩’がどういう意味かわかってるでしょうね?」

そう言われては、モーションとしても痛しかゆしだ。 「心配しないで。‘この手が音をあげる’まで、あなたに代わって必ず品物をゲットしてくるから。でもね、シャオホン……」 モーションは彼女の耳元に近づき、声をひそめて言う。 「レディーの品格を保たなくて大丈夫?」

あらま!私ったらまた忘れてた!シャオホンは反射的に姿勢を正してまっすぐ座り直すと、借金取りの面構えをしまって、満面の笑みを引っ張り出す。モーションは優雅な物腰のチェン医師の瞳が終始笑みできらめいているのを見て取った。彼がとっくにお見通しなのは明らかで、しかもそれを楽しんでいる。

笑うしかなく、結局シャオホンは過去に別れを告げた。

食事が終わり、一人で家へ帰ろうとして、バスに乗った後で乗り間違えたことに気づいた。このバスは以前住んでいた方面行きだったため、大急ぎで次の停留所で下車した。時計を見たら、7時にもなっておらず、急いで帰ることもない。

長い時間スーパーをぶらぶらした後、9時過ぎにようやく帰宅してドアを開けるが、室内はがらんとしていた。

キッチンに入って、袋の中の品物を次々取り出す。うま味調味料、サラダ油、塩、しょう油……キッチンには何もない。イーチェンったら、普段いったい何を食べてるのかしら?

寝室にはまだ整理していない洋服が何着かあった。クローゼットを開けると、中にはイーチェンのスーツとワイシャツが整然と掛けられているが、単調でもの寂しい。どうやら彼はグレー系統の配色がお好みらしい。モーションは自分の服を彼のものの隣りに掛けてから、それをぼんやり眺めているうちに、突然笑いたくなった。

それなのに、心が痛い。

イーチェン……

イーチェン。

靴を脱いでベッドに横たわった。この2日間とも客間で寝ていたが、不意に今ここを離れたくないと思った。なんとも不可解な、自分でも説明しがたい思いが胸にあふれ返る。たぶん明日のせいだろう。

明日、金曜日。イーチェンがもうじき帰って来る。

寝ぼけ眼で洋服も脱がずに眠りに落ちた。どのくらい経っただろうか、うつらうつらする中、誰かが歩く音が聞こえたような気がした。彼女は寝返りを打ち、かなりしばらく経って目が覚めるが、家の中は真っ暗だ。

再び目を覚ました時はすでに夜が明けており、掛け布団をめくって起き上がる……掛け布団?モーションは一瞬ぽかんとする。うん、おそらく夜寒くて、自分で引っ張ってきて掛けたんだわ。

超速で歯磨きして顔を洗う。鏡の中の自分の髪は少し長い上、絶えず目にかかっている。カットしに行く時間を見つけなきゃ。出かける支度を終えてドアを開け、ぎょっとした。

ぱりっとしたスーツ姿のイーチェンがドアの外に立っていた。ちょうどドアを開けようとしていたらしく、手にはまだ鍵を持っている。

モーションは目を大きく見張って目の前にいる人物を見る。 「イーチェンなの?」 彼はなぜここにいるの、夜に帰って来ると言ってなかったっけ?

「ああ」 イーチェンは鍵をしまいながら、適当に返事すると、彼女を通り過ぎて客間に入る。

しばらくして大量の書類を手に出て来るが、彼女がまだ戸口でぼうっと突っ立っているのを見て、整った眉をひそめる。

「出勤しないのか?」

「あっ、出かけるところよ」

どういうわけか、モーションは少々居たたまれない。2人の関係が異なっていると初めて身をもって意識したし、これから先はこんな感じなのだろう。毎朝、私が最初に目にするのは彼……

「送って行こう」

モーションは彼のあとについてエレベーターに乗る。 「お構いなく。自分で行くから」 事務所と雑誌社、一つは南で一つは北と両方向に位置する。

イーチェンは地下1階駐車場のボタンを押して、冷ややかに言う。 「X地裁へ行くから、ちょうど通りがけだ」

「そう、それならいいわ」 なんだ、こういうことだったのか。

車内でモーションは思い出して、彼に尋ねる。 「夕べ……帰って来たの?」 でなかったら、どうして客間に書類が置かれてるのよ。

「ああ」 イーチェンは手短に返事して、路上に注意集中する。

モーションは唇をすぼめる。 「いつ……どうして私を呼ばなかったの?」

「11時頃」 彼はややうざったそうに答えて一旦言葉を止めた後、言い足す。 「必要なかった」

モーションの瞳がやや薄暗くなり、窓の外の世界に向ける。今まさに出勤ラッシュ時間で、道路は渋滞で大混雑状態……私たちもこんな風に、この先 立ち往生を続けるのだろうか?

「イーチェン、もしお昼時間、X区にいるんなら、いっしょに食事できない?」

イーチェンは不意に動いて顔を振り向ける。モーションは窓の外を見ており、穏やかな声で、誰に話しかけてるんだ?

彼は視線を戻し、つれない声で言う。 「昼にはいないはずだ」

厳密に言えば、午前中だっていない。

「イーチェンか?」 ユエンさんは鈴のような大きな目をパチクリさせ、事務所のドアを開けて入ってくる男を見る。女子研修生に倣って手で何度も目を擦る。 「まさか俺の目がおかしくなって、幻覚が現れたのか?」

「問題があるのは目だけじゃなさそうだが」 イーチェンは彼を一瞥して、オフィスへ入る。

大男は目の色を変えて彼の後ろからオフィスに入って座る。 「夕べ7時過ぎに連絡した時、まだ広州にいたじゃないか。どうしてもう帰って来た?」

「あの時は空港にいた」 イーチェンは腰を下ろし、ファイルをめくりながら言う。

「仕事は全部済ませたのか?」

「ほぼ」

彼が‘ほぼ’と言う時は、これっぽっちも問題がないことを意味する。ユエンさんはたまに、この後輩に頭が上がらない時がある。広州での仕事を1週間以内に片づけるともなると、そもそもかなりの強行軍だ。それをこいつは、なんと1日繰り上げてやってのけやがった。まったくもって、どうやってやり遂げたのやら!

「昨夜、家に着いたのは遅かったんだろ?何もこれほど焦らずとも、今日戻ったって遅くないのに」 ユエンさんは声をひそめて言う。 「もし俺と同じ独り者だと知らなけりゃ、嫁さん恋しさに大急ぎで戻って来たと疑うとこだぞ」

文書上を一定の速さで走っていたペンが不意に止まり、紙には次々と重なった書き損じの跡がついている。

イーチェンは書類から頭を上げ、まったく臆面もなく追い出す。 「ユエンさん、俺の記憶違いでなかったら、今朝出廷するはずなんじゃないか」

メイティンはイーチェンが会議室から出てくるのを見るやいなや、持っていた資料を渡す。 「ホー先生、ご要望の資料はすでに印刷できております」

「それとこれはC大創立百周年の招待状です。シアン先生、ユエン先生のものと一緒に郵送されたのですが、先生のものを持ってまいりました」

「ありがとう」 イーチェンはうなずいて受け取り、C大のランドマークが印された秀逸な招待状を開ける。表に11月15日C大創立百周年と書かれている。

メイティンが壁の時計を見上げると、5時40分。 「ホー先生、特に何もないようでしたら、失礼させていただいてよろしいですか」

「もう用はないから、帰ってかまわないよ」

「それではお先に失礼します」 メイティンは自分の物を片づけていて、突然思い出す。 「ホー先生、先ほど先生の携帯が何度も鳴ってましたけど」

クライアントと会う際は携帯を持って行かないため、不在着信が2件入っている。1件は別のクライアントからのものだった。イーチェンはすぐに電話をかけ直して数分話した後、切った。もう1件ある……指が緑色のボタンを押す。

相手はすぐに出た。 「イーチェン」

「何か用か?」 彼の声はやや無愛想だ。

「えーと」 相手は彼の無関心ぶりに落胆したかのように一旦言葉に詰まって話し出す。 「イーチェン、鍵が見つからないの」

彼女は肩にバッグを掛けて道路の向かい側で彼を待っていた。大きな襟のセーターを着て、頭を下げ、路面のグリッドを数えている。

赤信号。彼は足を止めて、遠くから彼女を眺める。

変わらなかったことがたくさんある。彼女は今もセーターを着るのが好きで、26、7にして相変わらず学生のような格好をしている。そして誰かを待つ時、今も地面の煉瓦を数えるのが好きだった。

当時、彼はいつも彼女を待たせたものだった。

一度、長時間待たされて、彼に癇癪を起したことがある。 「999まで数えて、やっと来た!この次もし1000まで数えさせられたら、もうあなたなんか相手にしない!」

結果としてもう一度、彼は学部の臨時会議に担ぎ出された。長時間の会議がようやく終わって彼が駆けつけると、なんと彼女はまだそこにいた。この時の彼女は待ちくたびれすぎて気力が萎えてしまい、ただ不満そうに彼を見て言う。 「イーチェン、私は何遍も999まで数えたんだから」

この7年、自分は何度999まで数えたことだろう?

あきらめようと思わなかったわけではなく、とうとう1000まで数えきれなかっただけ。

小走りで歩道を渡って行くと、モーションのそばにどこからとなくまるまる太った外国人が現れ、ニコニコして何かしゃべっている。イーチェンは歩を緩めてゆっくり近づき、その外国人の言葉がかすかに聞こえる。 「……your spoken English is perfect.(あなたの英語は完ぺきだね)」

「Thanks,I have been there for seven years.(どうも。7年ほどアメリカにいたんです)」

自ずと彼女の口から吐き出されるとても流暢な英語は母国語のように自然で、イーチェンはポケットに突っ込んだ手を無意識に握りしめた。

彼女が頭を傾げたちょうどその時、彼の姿が目に入った。彼に笑いかけてから、その外国人に言う。 「My husband is coming,maybe he knows how to go there.(主人が来ましたわ。彼なら案内できるかもしれません)」

そして彼に尋ねる。 「イーチェン、XX通りへの行き方を知ってる?」

彼はうなずき、直接その外国人へ教えた。太った外国人は感謝の言葉を連呼して去った。

残ったのは彼ら2人だけで、モーションは彼に何と言ったらいいかわからず、突然口ごもる。そこでイーチェンが口を開く。 「君の鍵は?」

「ん……たぶん落としたみたい」 彼女はばつが悪そうに頭を下げて、彼の目を見ない。 「もしくは……朝、持って出なかったのかも」

イーチェンは鋭い眼光で彼女の不自然な表情を観察するが、なんとも言えない気持ちがゆっくり湧き上がる。

もし彼女の良心の呵責を見破れないようでは、それこそ俺はいたずらに法曹界で時を過ごしたことになってしまう。チャオ君は今後万が一 罪を犯した場合、沈黙を守るのが最善であろう。さもなくば2、3言でボロを出すに決まっている。

「行こう」 彼は突然足を踏み出し、心の奥にひそかに芽生えた気持ちを抑えようと前を歩く。それは、彼女の猿知恵のせいで、彼女が口にした「My husband(うちの主人)」という言葉のせいで立ったさざ波。

「どこへ行くの?」 モーションは彼の後ろを追いかけて尋ねる。そっちは彼の家、あっ、私たちの家へ帰る方向じゃないでしょ。

「食事」

食事をするの?モーションは彼の速いペースに追いつこうと小走りする。 「……家で食べましょうよ。とりあえずスーパーへ食材を買いに行ったって、まだ遅くないから」

いつ料理をマスターした?それは誰のためだ?

イーチェンは渋い顔をして、声のトーンがにわかに10度下がった。 「必要ない」

必要ないならやらないわ。だけど……できればそんなに速く歩かないで。

「イーチェン、ちょっとゆっくり」 モーションは少し息を切らして言いながら、手はごく自然に彼の袖を引っ張る。こういう動作がどれほど親密か当の本人はちっとも気づいていない。

ところがイーチェンはというと、心臓が突然ドキドキし始めた。頭を下げると、彼女の色白できれいな指が自分のダークグレーのスーツの袖に掛かっているのが目に留まる。

何も言わず、速度を落とした。