2016年11月4日(金)

 

中野サンプラザで、鬼束ちひろ。

 

今年4月の三井ホール公演を観た方がツイッターで「(ほぼ)完全復活」と書かれていたので、その言葉に賭けてチケットを購入。ものすごくガッカリするかものすごく感動するか、どっちかしかないだろうと思いながら会場へ。ドキドキした。始まる前にあんなにドキドキしたライブ、なかなかない。

 

自分にとって特別な歌手のひとりだ。デビュー当時から2003年までに10回近く取材した。2002年の武道館は僕が生涯観た全てのライブのなかで10指に入るくらいのもので、未だに忘れられない。なんと言われようが、本当にいい状態の鬼束ちひろがどれだけ凄いうた表現者であるかを自分は知っている。

 

空白、そして迷走。ある時期からは見るに堪えない状態が続いていたが、いつか必ず「戻ってくる」はずだと僕は心の中で信じて、静かにそれを待っていた…気がする。そして昨日という日がきた。

 

(なんと)「Cage」で始まり、「月光」で終わった1時間半。MC一切なし。特別な演出もなし。アンコールもなし。ただ歌だけがそこにあるというものだった。血を流すように、祈るように、彼女は歌いきった。まさしく全身全霊。全盛期と比較すればまだ多少のピッチの揺れはあったがしかし、声の出力は圧倒的だった。まるでまともに歌えていなかった時期とは完全に別人。よくここまで戻ってきたと思う。

 

バンドはピアノとチェロとパーカッションまたはドラムというミニマルな編成で、やはりピアノとチェロがその音楽にはよく合っていることも再確認。彼女の歌は曲が進むほどに凄みを増し、終盤の4曲…「蛍」「流星群」「good bye my love」「月光」の歌表現は特に迫りくるものがあった。わけても大名曲の「流星群」。その歌詞がこれまでといまの彼女のありようにも重なり、僕は落涙した。

 

「奇跡など一瞬で この肌を見捨てるだけ」
「こんなにも無力な私を こんなにも覚えていくだけ」
「でも必要として」

 

「叫ぶ声はいつだって 悲しみに変わるだけ」
「こんなにも醜い私を こんなにも証明するだけ」
「でも必要として」

 

終わってしばらく席から立ちあがれず、大きく呼吸。「完全」という言葉を使うことにはまだ少し躊躇いもあるが、「限りなく完全に近い」復活と言っていい。ずいぶん時間はかかったけど、恐らく彼女はもう大丈夫だろう。世の中にどれだけこのことが正しく伝わるのか(伝えられるのか)わからないが、2016年11月4日、鬼束ちひろはひとりの(真の)うた表現者としてここに「戻ってきた」。だから僕は昨日という日を忘れない。