3月20日(金)

Zeppダイバーシティで、石橋凌。

開演前。ふと気づくと、静かにながれていたのはサッチモの曲で、そういえば凌さん、好きだと言ってたな、それにときどきサッチモのあの独特の歌い方に寄せたような声の出し方をするもんな……なんてことを僕は考えていた。

そして開演。まずは伊藤ミキオひとりがステージに登場し、続いて凌さん。ミキオさんがピアノを弾き、凌さんはステージ中央に置かれた椅子に腰を落ち着かせながら「最果て」を。意外な曲での開幕だった。
続く2曲目でギターの藤井一彦が、3曲目でリズム隊の渡辺圭一と池畑潤二が加わり、4曲目の「乾いた花」で梅津和時も加わった。

ひとりひとりのミュージシャンの、ひとつひとつの楽器の音。その鳴り。響き。一音一音がとてもクリアに、でもまろやかに、感情を伴わせながら響いてくる。ひとつの楽器が加わるごとに音に膨らみが生まれるのがよくわかる。その音と音とはぶつかりあったり主張しあったりするのではなく、言葉にするなら“溶け合っている”。

4曲を歌い終えたあとで凌さん自身も話していた通り、ミュージシャンがひとり、またひとりと増えることによって、音楽がどう豊かに膨らんでいくのか、それがはっきりと見て(聴いて)とれる演出であり、この時点でまさしく凌さんのよく口にする「音楽の豊かさ」というものを強く感じながら僕は引き込まれていた。Zeppダイバーシティは音響が非常によく、故に尚更この演出の効果があった。ソロで歌うようになった石橋凌はいま、どのような音楽のあり方を提示していこうとしているのか。それが明確に伝わる頭の4曲だった。

それ以降も前半は主にじっくり聴かせるミディアム~スロー曲が中心で、凌さんの動きも含め、ARBのようなバンド表現とはまったく異なる見せ方・聴かせ方で進められていく。バンドの音のカタマリをぶつけようという主旨はそこにはなく、繰り返すがひとつひとつの音の豊かさ・音楽の豊かさを味わってもらおうというのが主旨なわけだ。
端的に書くなら、それはロックンロールショーというようなものではない。ブルーズもジャズもロックンロールも呑み込んだ上で消化した味わいの深い音楽。ロックの要素はなくなったわけではないが、それはあくまでもひとつの要素であって主体ではないという考え方であり、加えるならロックンロールに関してはみんなで楽しむ音楽という意味で捉え、かつてのように攻撃性をそこに託そうとはしていない。いまはそういうあり方ではないということをはっきりと示しているのだ。

池畑潤二、渡辺圭一、藤井一彦、伊藤ミキオ、そして梅津和時。5人の音楽家たちの鳴らす音が最高である故、凌さんはときに余裕を見せながら、または曲世界に丸ごと入り込みながら、心底楽しんで歌っているのがよくわかる。最高の音楽家たちと「最高!最高!」と共に歓びを分かちあいながらそこにいるのだ。そう、まさに“ヨロコビノウタ”。
また、後半の数曲ではさらに多田葉子(ts)、渡辺隆雄(tp)、松本治(tb)の3人も加わり、梅津さんと4人揃ってのホーンの厚みで聴く者に昂揚感ももたらす(ときに梅津さんと多田さん…こまっちゃ組のおふたりの吹奏は、凌さんの和的な情緒表現を際立たせもする)。本当に素晴らしいミュージシャンばかりと、いま凌さんは音楽をやっているのだなぁ。改めてそう強く感じたこの日のライブだった。

名場面は数多くあったが、とめどもなくなるのでひとつひとつ辿るのはやめておく。が、やけに印象に残ったことをひとつ。

中盤手前あたりで歌われたARB時代の名曲「Heavy Days」。“笑うことも泣くことも、怒ることも、みんな機械仕掛けの、ふざけた時代”。この一節を歌った際、凌さんはPCのキーボードを打つように手を動かした。
説明するまでもないが、それはツイッターを始めとするSNSの投稿で“笑うことも泣くことも怒ることも”ちゃちゃっと簡単に済ませてしまい、リアルな感情交換が失われる一方のこの時代への違和と批判を込めた手の動きだったわけで、この曲の歌詞が書かれた当時以上にいま、それが重みを持って響くことに気づかされた。
このように、昔の曲のあるフレーズがいまの時代にまた違った意味でリアリティを持つに至るというケースが凌さんの歌には少なくない。日本の自殺者が増えたことで当時以上に深刻な意味性の増した「喝!」しかり。震災、そして戦後70年ということで一段と歌詞の重要性が増した「AFTER'45」しかり。

また、新曲の「Rock'n Rose」が歌われる際には、この曲が中東で命を落とした戦場ジャーナリストに捧げて書かれたものだということが初めて公の場で明かされたわけだが、あの曲を収録したアルバム『Neo Retro Music』が世に出るまさにその週にイラクの日本人人質事件が起きたわけで、そのよしあしは別として、やはり優れた表現者からはどうしたって時代やその時々の事象と呼応した、あるいはそこを撃ちぬくようなフレーズが偶然というよりも半ば必然的に出てきたりするものなんだなと、改めて今回のライブを観ながらそう思ったりもしたのだった。

ライブは中盤の「ヨロコビノウタを!」と「形見のフォト」…このアイリッシュ的な(ポーグス的な)2曲からノリのいい曲が増えていき、後半はARB期の曲もけっこう混ぜながら(とはいえどれもアレンジがいまのものとして更新されていた)アップめの曲多めで楽しませた。立たせて躍らせ、かと思えばまたじっくり聴かせ。そのように緩急つけながら、約2時間の本編はあっという間に終わってしまった感がある。

そして、驚いたのはアンコールだ。シーナのことにふれ、凌さんがステージに呼びこんだのは、なんと鮎川誠!   鮎川さんは「オレはいま世界で一番悲しい男やけど、凌が電話くれてロックンロールで元気にやろうち誘ってくれた」(←要約してますがだいたいこんなニュアンス)と話し、「Johnny B.Goode」と「Stand By Me」と「Got My Mojo Working」の3曲を凌とバンドとセッションしたのだ。
「Johnny B.Goode」では、凌さんはサビを「ゴー!ゴー! ゴー・シーナ・ゴー!ゴー!」と変えて歌ったりも。僕はといえば興奮して大きな声を出し、嬉しさやらなんやらいろんな感情で涙が……。言葉じゃなくて、音楽でひとを元気づける。音楽で元気になる。音楽で心を通わせる。ミュージシャンという職業の方たちを見ていて心底羨ましくなるのは、まさにこういうときだ。

また、この前だったか、このあとのダブルアンコールのときだったか最早記憶が曖昧なのだが、凌さんは「What A Wonderful World(この素晴らしき世界)」もじっくりと歌ってみせた。そう、サッチモの有名曲。開演前にサッチモがかかっていたと冒頭に書いたが、ここでの「What A Wonderful World」はまるで物語の伏線の粋な回収のようでもあり、それがまた感動的な熱唱だったこともあって、僕にはこの公演自体がひとつの大きな物語だったように感じられもした。

そんなこんなで結局は約3時間近く。大きな物語にも似たこの公演の主人公である凌さんは、1ミリの緩みもなく最後まで豊かな歌唱・豊かな音楽で我々を楽しませた。その歌唱に衰えなど少しもなく、むしろ説得力はさらなるものに。僕はARBのデビュー当時から頻繁にライブを観てきたけれど、凌さんの歌はいまが一番いいんじゃないかとさえ思えたりもするわけで、それって本当に凄いことだよなと、冷静になって改めてそう思う。

石橋凌という表現者が、シンガーが、いま肯定力に満ちた豊かな歌をうたっている。そしてそのライブは本当に素晴らしく、人々を鼓舞し、感動させるものである。そのことを、もっと多くのひとに知ってもらいたい。