1月5日(月)
新宿シネマカリテで、『6才のボクが、大人になるまで。』
これは心つかまれた。
3時間近くある映画だが、長さをまったく感じず、いつまでも観ていたいと思ったりもした。
子供(たち)のみならず両親が成長していく(あるいは成長できずにいる)様に感情移入。共にダメなところと親らしいところの両方があり(そして不完全であるが故に人間らしく、そこが愛おしくもあり)、そういう姿を前にして子供たちはぐらぐら揺れながら少しずつ成長していくのだな、と。そしてそれはどこかの段階で決着がつくものではなく、生きてる限り続いていくもので、唯一その救いになったり解決の糸口になったりするものが「時間」だったり「加齢」だったりするんだなと思ったり。
そういえば誰かが、この映画は「時間」が主役だというようなことを書いていたけど、まさしく。僕は「ボク」や「父親」にどこかで共感しながらも、それ以上に「時間」の大切さに共感してたのかもしれない。
新宿シネマカリテで、『6才のボクが、大人になるまで。』
これは心つかまれた。
3時間近くある映画だが、長さをまったく感じず、いつまでも観ていたいと思ったりもした。
子供(たち)のみならず両親が成長していく(あるいは成長できずにいる)様に感情移入。共にダメなところと親らしいところの両方があり(そして不完全であるが故に人間らしく、そこが愛おしくもあり)、そういう姿を前にして子供たちはぐらぐら揺れながら少しずつ成長していくのだな、と。そしてそれはどこかの段階で決着がつくものではなく、生きてる限り続いていくもので、唯一その救いになったり解決の糸口になったりするものが「時間」だったり「加齢」だったりするんだなと思ったり。
そういえば誰かが、この映画は「時間」が主役だというようなことを書いていたけど、まさしく。僕は「ボク」や「父親」にどこかで共感しながらも、それ以上に「時間」の大切さに共感してたのかもしれない。
この正月にほしよりこの『逢沢りく』を読んで、これまた不完全な両親(特に母親の精神の病み方は『6才のボクが~』に通ずる)の元に暮らす娘・りくの日常を描いた大傑作であり、僕はめちゃめちゃ気持ちをもっていかれたところだったのだが、その流れからの『6才のボク~』だったこともあって尚更やられた。『逢沢りく』も『6才のボク~』も、僕にはどっかの他人の物語にはまったく思えないもので、自分の人生のいろんな場面と作品の中のそれとがところどころで重なって胸が苦しくなったり救われたような感覚になったりしたのだった。
誰しもの共感を得るような種類のものじゃないようでいて、これだけ多くの人の心を動かしているという事実がなんだか嬉しくも思えてくる奇跡のような映画。
音楽の配し方もよく、いくつかの曲はまるで親にかわって子供(たち)を優しく包んだり背中を押したりしているようだった。
音楽の配し方もよく、いくつかの曲はまるで親にかわって子供(たち)を優しく包んだり背中を押したりしているようだった。
