数日前から開催趣旨に関してSNSで批判論議が巻き起こり、間もなく本番という段階にきてレヨナが不参加の意志を表明。
それを受けて泉谷がブログにバンド解散の意を書くなど波乱のうちに迎えた当日ではあった。


が、不謹慎を承知で書くと、僕は「こりゃ盛り上がるな」と思ったものだ。
なぜなら泉谷しげるという人は逆境の度合いが強いときほど凄まじい爆発を見せるから。
長年追いかけてきた僕はそのことを知っていたからだ。


思った通り。
歌はやや雑だったが、たとえひとりになろうとやってやるという覚悟と「責任者」としての思いの両方を持ってフロントに立っていた泉谷は、結局凄まじい爆発力でいろんなものをねじ伏せた。


「野生のバラッド」での客席乱入はまぁいつもやることだが、それでも野音のあの広い客席をもみくちゃにされながらレスラーのように進んでいく滅茶苦茶さがなんだかいつにも増してグッとくるものに感じられたし、
アンコールで歌われた究極のラブ・バラッド「土曜の夜君とかえる」はたまらなく感動的だった。


1時間遅れで始まったこのライブ。
1曲目はチャボのヴォーカルで、意外にも「B,G.M」。
♪ポップスを書かねぇと~、ポップスを歌わねえと~♪
この2~3年は環ROYくんの変種バージョンのほうに馴染んでいたこの曲を、今、本家の生声で聴けるとは思わなかった!


そこから泉谷の「ハレルヤ」へと続き、以後、ゲスト3組を迎えながら、約2時間半(翌日のニュース記事によると、もちろん偶然だろうが「2時間35分」だったようだ)。
いくつもの見せ場を用意しながら濃密に進んでいったものだった。


先に書いた通り波乱含みで当日を迎えたこのライブだったが、しかし、けっこうな人数で結成されたバンド“ロックオーケストラ”のメンバー全員が終始とても楽しそうに、嬉しそうに演奏していたし、
ゲストの3人もそれぞれの思いを全身で表現しながら熱の入った歌またはギターを聴かせてくれた。
それがよかった。


個人的に印象に残ったいくつかを書いておこう。


まずロックオーケストラというバンドにおいては、チャボと藤沼伸一がギターで絡んでいる図。
それにグッときた。
アナーキーがデビューした1980年は電化したRCの人気に火がついた年でもあり、共演ライブを録音したカセットを僕は今でもとってあったりするし。
ルーザーでは先に抜けたチャボに代わって入ったのが伸一だったりもしたわけだし。
そんなことも頭によぎりながら、この日本が誇れる名ギタリストふたりの技と味のあるプレイを僕は目に焼き付け、泉谷の歌が走ったりした際にふたりが目で合図しあう様子を「いいな」と思ったりもしていた。
チャボと伸一。例えばふたりは楽屋でどんな話をしているのだろう…。
そんなことも考えてみたり。


それから、サックスで参加していたユカリさん(=YUKARIE)。
じゃがたらのライブに足繁く通っていた僕がユカリさんをライブで観るのはずいぷん久しぶりだったが、相変わらずというかますます色っぽくなり、このバンドのなかで一番ストレートに楽しさを表わしていたのも彼女だった。
華があって、ノリがいい。
そんなユカリさんが泉谷やチャボと一緒にやってるってことになんだか心が躍った。
ラストの「雨上がり~」のイントロの吹奏なんかもう完璧だったものな。


ゲストは順に、浜崎貴司、宮本浩次、うじきつよしの3人。
浜崎は終盤にも登場し、泉谷が「野生のバラッド」を歌いながら客席乱入していたときにチャボに促されて歌い続けるなど大きな貢献を見せた。


この日もっとも強い印象を残したのは宮本浩次だった。
「今宵の月のように」に続いて歌われたのはRCの「君が僕を知ってる」で、僕が彼の歌うこの曲を聴いたのはJAPAN JAMに続いて2度目だったが、
あのときも思った通り、誰よりもこの歌を正しい理解のもとに愛情こめて歌える男、それが宮本であるという実感をまたも強く持った。
歌ってる途中、ギターを弾くチャボを後ろから抱きしめたりする様は、好きな人への思いが溢れだしてとめられないといった感じだったし、
本当に彼はチャボが、RCが、そして泉谷が好きでしょうがないんだなと、そのストレートな愛情表現がおもいきり伝わってきたのがよかった。


うじきつよしはもう昔のうじきつよしの、つまりギター小僧のまんまの動きで、アンガス・ヤングよろしくステージ狭しと暴れまわっていたのが痛快だった。
相手が泉谷だろうが遠慮などなくギター弾きながらプロレス技さながらに絡みまくる。
ああいうの、泉谷は嬉しいんじゃないか。


主役の泉谷が歌った曲のなかでは、まず「テスト・ドライバー」がいい仕上がりだった。
このロックオーケストラというバンドならではのグルーヴとスリルが出ていた。


それにルーザー・ヴァージョンの「春夏秋冬」から、「翼なき野郎ども」「デトロイト・ポーカー」「火の鳥」「眠れない夜」「野生のバラッド」までの流れ。
いつもの連発であっても、それが日も暮れた野音となれば響き方も違うというものだ。


それともうひとつ、翌日のニュースでは「サマータイム・ブルース」と「ラブ・ミー・テンダー」が歌われたことで、“反原発を激唱”といったキャッチと共にその部分が特にフィーチャーされていたが、
その観点で言うなら、自曲の中から「責任者を探せ」をチョイスしたことも留意しておくべきだろう。
そして加えるなら、こういうときにこそ泉谷には「黒いカバン」でいろんな考えをぶちまけてほしかったという思いもある。
あるいは「メディア」なんかも、この世情でこそ歌ってほしい曲だ。
もっと言うなら、過去曲ではなく、かつて『NEWS』というアルバムで当時の社会問題を題材に曲にしていたように、今の世情と思いを反映させた鋭い新曲をまさに今こそ作って歌ってほしいと僕は思っているのだが……。


因みに、泉谷による「サマータイム・ブルース」「ラブ・ミー・テンダー」、浜崎になる「トランジスタ・ラジオ」、宮本による「君が僕を知ってる」、揃ってのエンディングにおける「雨あがりの夜空に」と、RC楽曲も多く歌われたこの日のライブ。
ツイッターなど見ると、こうして清志郎の歌を“借りてくる”ライブのあり方を批判する声も見受けられた。
確かに最近では流れと関係なくRCの曲をみんなで最後に歌って大団円みたいなノリのイベントもよくあったりして、僕も違和感を持つことが少なくない。
しかしこの日は、清志郎を忘れさせないために一生歌い続けると宣言した泉谷と、そしてチャボが一緒に立っているライブなのだ。

改めて書くまでもなく、特別な縁を持つふたりが友の歌を歌っているのだ。
しかも舞台は日比谷野音。
よって清志郎の曲を“借りてきた”というような違和感などはまったくなく、それはとても自然なあり方だった。


アンコールの最後、「雨あがり~」ではチャボが天を指さして拍手をし、また“彼”もこのメンバーのひとりだと言わんばかりに「忌野清志郎!」と“紹介”していて、
もちろんそれにもグッとこないわけがない。


開催趣旨に関する“それ”は今後も考えていくべきことであろうし、
原発問題と食糧問題と風評被害に関する問題がごっちゃになってしまってるような今回みたいな伝え方では何が問題なのかかえってわかりづらくなっちゃうよ、と言いたくなるようなところもあった。
が、ライブ自体は本当に観てよかった、行ってよかったと思えるものだった。


今回のような提言とは関係なく、できればこのロックオーケストラでのライブをまた純粋な形で観たい。
機会があればまた集まってほしい。
僕はそう願う。


というわけで、この日もっともグッときたこの曲を。

http://www.youtube.com/watch?v=NzXKDxjqPrk



ps.
あちゃ、ツイッターの延長っぽくなるべく短文でブログ再開させると書きながら、初っ端からまた長文書いちまった…。