来年2月で母が80歳になる。
保険の外交仕事を長年続けていたおかげか、79にしては今も足腰が丈夫で、まだまだ長く歩ける。
が、そうはいっても歳は歳。
あと何回、一緒に遠出ができるだろう…。
あと何回、自分は母と同じ景色を見ることができるだろう…。
そういうことをよく考えるようになり、考えるだけでなく、できる限りその機会を増やすようにしたいとよく思うようになった。


ましてや海外ともなると、現実問題としてあと何回行けるかわからない。
1回か、2回か…。
ヨメも同じように考えてくれていて、それで今回、3人でハワイに行くことになった。


まだ僕が独身だった頃、1度母をハワイに連れて行ったことがある。
とても喜んでくれたし、いつかまた行きたいとも言っていた。
(ずいぶん時間は経ってしまったが…)ならば、今。
また先送りにしてもしょうがない。
まぁ、いいタイミングだったんじゃないだろうか。


とか書くと、親孝行の“できた息子”のようだが、そんなんじゃない。
こういうとこに連れていくと母が喜ぶんじゃないか…とコースを考え、車を運転し、常に母を気遣って動いてくれてたのはヨメであって、
免許すら持ってない僕はウキャウキャ・ヘラヘラしていただけだ。
そればかりか、たまに母のちょっとした一言にイラっときてつい声を荒げてしまったり、めんどくさくて右から左へ流してしまったり。
で、いい歳になって未だ大人の対応ができない自分に、あとで溜息ついてみたり。
相も変わらずそんな調子。
ダメだね、まったく。


さておき、僕はといえば3年前にマウイ島に行って以来のハワイ。
その前が6年前のハワイ島。
3年周期で行かずにいられない気持ちがやってくるみたいだ。


今回はオアフ島のみ。
ある時期はワイキキの喧騒を鬱陶しく感じるようになり、それでほかの島に行ったりもしていたのだけど、
街を離れればまだまだ昔ながらの素朴なハワイもあるわけで、車でそっち方面をまわったりするのもよかろう、と。
以前に友達と行って「よかった」と言うヨメのナビに従い、ノースショアのビーチやカフェなどでゆっくりした時間を過ごしたのだった。


どこかノスタルジックな趣のあるハレイワの街。
風情があって、なるほどあのあたりはいい!
今度行くときはこっちの方のホテルに泊まるのもいいだろう。
母はといえば「映画の中にいるみたい」と嬉しそうにしていた。


土曜の早朝はKCCのファーマーズ・マーケットに出かけてハチミツやらなんやらをどっさり買ったり。
確か20代の始め頃に友達と行って以来、本当に久しぶりにハナウマ湾で遊んだり。
ワイキキの通りで神隠しのあったかのように母の姿が消えて焦ったり…なんてこともあったが(単に早歩きで通りの向こうの店に行ってただけだった)、
総じて長く記憶に残るだろう時間を過ごすことができたと思う。


帰国後、「夢を見てるみたいな時間だった」と母が言っていた。
よかった。
全てヨメのおかげだ。
「また行きたい」とも言っていた。
そうだね。わかったよ。頑張るよ。



「怒るくらいなら泣いてやる」

「怒るくらいなら泣いてやる」

「怒るくらいなら泣いてやる」

「怒るくらいなら泣いてやる」

「怒るくらいなら泣いてやる」